第49話 大事な話

 マツハハの領主エートゥは白と青を基本色とした、軍服のような服を着ている。胸には丸い金属の飾りが多数ついているが、勲章かなにかだろうか。

 テンバゴの領主ドナナートは燃えるような赤い服で、胸の前で左右の前身頃を合わせるようになっているところなど少し日本の着物に近いデザインだ。

 二人とも三十代くらいだろうか。まだ若い。

 そんな二人がにらみつけるのは、王族の衣装を借りて着ているマルクックだ。森をイメージしたのか、緑色のジャケットと白いシャツの優雅なフリルが胸元から出ている。

 俺も同じデザインの衣装だが黄色なところだけが違う。


 マルクックも人間の平均的背丈より少し高いくらいなのだが、エートゥはさらにそれより頭一つは高い。

 その高さから見下ろしてくるとかなりの迫力だ。


「ああ? 何だ貴様。エルフ風情が誰に口をきいているか、分かっているのか?」


 声も体格に似つかわしい、低くで迫力があるものだ。


「よせ。エルフはともかく、サトゥーレント殿に対し失礼はいかんぞ」


 対してドナナートは頭一つほど背は低いが、眼光は鋭く、しなやかな肉体は猫科の大型肉食獣を思わせる。エートゥが熊ならドナナートは黒豹ってところか。

 どちらも周りの貴族たちとは違う、無骨な雰囲気を醸し出している。おそらく軍人だろうな。街で見かけたら目をそらしてしまう自信があるぞ。


「マルクックもやめるんだ。めでたい席で騒ぎを起こすな」

「はっ。しかし、数々の無礼。このマルクックも我慢の限界です」

「俺は無礼などと思っていないよ。彼らも領主という地位がある。俺たちなど人間の間ではなんの力もないんだよ」

「ガッハッハ! サトゥーレント殿は新たな大領主ではないか」エートゥは背を反らして大笑いした。

「ふむ。どんな化け物かと思っていたが、容姿は端麗だし話は通じるようだ」ドナナートは顎をさすり、値踏みするように俺を見ている。


 その時、場内にざわめきが起きた。俺たちの周囲には見物人が群がっていたが、彼らも何事かと後ろを振り返っている。


「おお! 女王様!」

「まぁ! なんとお美しいのかしら!」


 人垣を割って姿を見せたのは、きらびやかなドレスに身を包んだ女王、プラヴヴュイルだ。

 太陽のようなオレンジ色のドレスは手の込んだ刺繍で模様が描かれており、花びらのようなフリルが袖やスカートにあふれるほどついている。首元には梅の実ほどもある大きな青い宝石が光を反射し輝く。

 女王が視線の先に俺たちがいた。どうやらこちらに向かっているようだ。

 それに気づいた領主二人はひざまずき、頭を下げた。

 エルフ二人も慌ててそれに倣う。

 俺は彼らに場所を譲ろうと後ろに下がった。


 しかし、女王はまっしぐらに俺に向かってくるじゃないか。

 領主たちは素通りされてしまった格好だ。


「サトゥーレント様、ですよね? そのお姿はいったい……」

「ああ、それは話すと長くなるんで、あとでな。それより彼らの相手をしてやってくれ」


 女王は少し振り返り、そこで初めて彼らに気づいたようだ。


「あら。エートゥにドナナート、それにマルルック殿とアキレト殿もようこそいらっしゃいました」

「女王陛下。この度はお招きいただき、恐悦至極にございます。我ら北の民を代表し、このエートゥ馳せ参じました」

「同じく南の領地を代表し、このドナナートめもより一層、女王陛下に忠誠を尽くす所存であります」

「エルフを代表し、このマルクックも女王の誕生をお慶び申し上げます」

「慶ぶだと? 大王様のご不幸をめでたいと申すか?」

「い、いえ! 決してそのようなことは……」

「よしなさいエートゥ。マルクック殿にそのような意図はありません」


 三人はより一層平伏し、頭を下げた。


「皆さん、もっとお気楽になさってください。今は正式な式典などではありませんよ」


 そう言われ、四人が立ち上がると、女王は俺を手招きし呼んだ。


「ちょうど皆さんお揃いですし、後で大事なお話がありますので、銀の間までいらしてください」

「我ら領主二人と、エルフ二人、それとサトゥーレント殿ですかな? 他にもいらっしゃるので?」とドナナート。

「いいえ。この五人だけです。それではまだ挨拶しなければならない人がおりますので、また後ほど」


 それだけ言うと、女王は背を向け、行ってしまった。人の波が後を追い女王の後ろ姿を隠してしまった。

 残された俺たちは顔を見合わせた。


「大事な話とは何だ? ドナナートはなにか心当たりはあるか?」

「いや? それよりエートゥはどうなのだ? なにやらきな臭い噂を聞いているぞ」

「貴様に言われたくはないわ。海の外から物騒な物を仕入れていると聞いている」

「噂など信じるのか? それよりも人間ですら無い者を信じられるのか?」


 二人は俺たちを一瞥する。


「まぁまぁ。焦らなくとも後で分かることだろう。今は食事を楽しもうじゃないか。お、ふたりとも、アレも食べてみよう」


 ったく、こいつらといたらまたややこしいことになりそうだ。

 俺はエルフ二人の袖を引いてその場から離れた。


 それにしても大事な話、か。

 おそらく、あのときの計画のことだろうな。二人はまだ知らされていないらしい。

 食事を堪能した俺たちは控室へ戻った。

 すると待っていたように侍従が現れ、銀の間へと案内すると言ってきた。

 いよいよ女王の計画が明かされる時が来たようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る