第48話 祝賀会と領主たち

 ついに祝賀会当日である。

 俺は体育館ほどの広さがあるこのパーティ会場の視線を独り占めしてしまっている。

 おっと、お綺麗なご婦人と目が合ってしまった。ご婦人は頬を赤らめてしまっているぞ。

 モテるってこういう感じなのか?


「ご覧になって。あれがサトゥーレント様よ」

「まぁ。なんて素敵なお方なのかしら」


 豪華なドレスに身を包むご婦人たちの噂話が耳に入ってくる。

 俺は木になって何年もたつ。すでに人間としての感覚は忘れてしまったと思っていた。

 性欲もないのでモテたいなんていう願望はない。

 それでもこれは気持ちがいいな!


「サトゥーレント様。“それ”はいったい、何なんです?」


 俺に熱視線を送る女性たちだが、ただ一人、怒りを込めた目でにらみつける者がいた。

 アキレトだ。


「何って? おかしいところがあるか?」

「おかしいでしょ! その顔は誰なんです!?」


 実はこの祝賀会に出席するにあたり、俺は顔を変えている。

 事前調査で明らかになった、この世界でイケてる顔にしているのだ。

 それには理由がある。もちろんモテたいからではないぞ。


「ああ、顔は一応変えた。考えてみろ、この中には俺たちを良く思わない者もいる。危害を加えようと目論んでいる者がいるかもしれないんだぞ? だから本当の姿は隠すことにしたんだ。やはりそれはアキレトのような信頼できる者の前でないと出せないからな」

「信頼? 私を信頼してくださっているのですね?」


 アキレトは顔を桃色にして両手で顔を挟むようにしている。

 ふふ。ちょろいな。


「そういえばアキレトのドレス、似合ってるじゃないか」

「そ、そうですか? こんなヒラヒラした服装、枝に引っ掛けてやぶけてしまうと思うんですけど」

「そりゃ森ではそうだろうけど」


 俺の服装はどうにでもなるが、エルフの二人はそうはいかない。

 事前に女王に頼み、きちんとしたものを用意してもらっている。

 女王も彼らが恥をかかぬよう、かなり高価なものを用意してくれた。


「やはり着慣れぬ服は体が痒くなりますな。私はそれよりも料理が気になります。森では見られないものばかりですよ」


 マルルックが見る大テーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。

 大皿に乗ったオードブルや三段に積まれたケーキらしきもの、串に刺さった肉などがある。

 俺から見てもかなり豪華な料理だ。エルフはまだ食文化が未熟だから、二人とも興味津々という感じだ。


「どれ、食べてみようじゃないか」


 見かけは合格だが、味が気になる。

 肉や魚の料理はまだわかるが、菓子類はどうか? 作るのが難しいはずだ。

 俺が小皿に焼き菓子を取ってさぁ食べるか、というところで野太い男の声がした。


「森の野蛮人どもはロドも使えんのか?」


 ふと見ると、立派な口ひげをたくわえた、大柄な男がこちらをゴミでも見るような目で見ている。

 手には二本の棒、つまり箸を持っている。どうやらロドとは箸のことらしい。

 森で生まれたものならば俺が前世と似たものの名前を付けているのだが、人間が生んだものに関してはノータッチだ。

 知らない名詞はたくさんある。


「お、これはロドを使って食べるのかな?」


 俺は新しいロドを取った。焼き菓子を手頃な大きさに割いてから挟んで口に運ぶ。

 うん。これはケーキだ。歯ごたえが少しあるけれど、味は甘くてうまい。

 ひょっとしたらバターを使っていないのかな?


「ほ、ほう。さすがは森の主どのは使えるようだが、エルフはダメなようだな」


 アキレトたちは俺を手本に見様見真似でロドを使おうとしているが、うまくいかない。

 彼らは普段は手づかみで食事をしている。串で刺す程度のことはするが、食器類はあまり使わないのだ。


「あー。初めてでは上手く使えないよな。こうやって持つんだよ」

「やれやれ。女王様はなぜこのような野蛮人と条約など結んだのだ」


 無用なトラブルは起こすまい。こういう手合は無視に限る。

 と思っていたらもう一人の男が寄ってきた。


「ほう。北の野蛮人がよくも人のことをバカにできたもんだ」


 やってきたのは背は少し低いががっしりした体の男だ。

 肌は赤黒く日焼けしている。さっきのデカいのがプロレスラーならこっちはサッカー選手という感じだ。


「どうも生臭いと思ったらエルフでなく貴様だったか、ドナナート」


 どうやらお知り合いらしい。

 面倒に巻き込まれたくないし、退散するか。

 俺はアキレトたちの袖をつかんでそっと移動を始めた。


「どこへ行かれるのかな? サトゥーレント殿。せっかく我ら領主が集まったのですぞ。せっかくですからしばし歓談と参りましょうぞ」

「領主? と、おっしゃいますと?」

「これは申し遅れた我はマツハハの領主エートゥと申す者。以後お見知りおきを」

「儂はテンバゴのドナナートだ。よろしくな」


 マツハハとテンバゴ、まさに昨日酒場で聞いた名前ではないか。さらにこの二人、あのとき女王の口から出た領主たちの名だ。

 そうか、コイツらが危険分子ってわけか。

 ここでひと悶着でも起こそうものなら、コイツらの思惑通りとなりかねん。

 ここは穏便に済ませないとな。


「貴様ら! 大森林の主、サトゥーレント様に対し無礼であるぞ!」


 と思ってたのに、急にデカい声出してどうしたんだマルルックよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る