第47話 酒場にて

 やっぱり情報が集まるのは酒場よな。

 薄暗くなってくると、ポツポツと明かりが灯される店がある。

 字が読めないのだが、多分、そこが酒場だろう。

 ドアを少し開け、中を見てみる。


 隙間からムンとした熱と酒気を含んだ空気が流れ出してきた。

 すでに赤ら顔の男たちが見える。

 手に手に木製のジョッキを持ち、ぐいぐいと喉を鳴らしている。

 酒場で間違いなさそうだ。


 ここで大事なことに気がついた。

 俺は文無しなのだ。

 そりゃそうだ。森での生活に金など必要なかったのだから。

 今“同化”しているこの人間が持っているだろうが、さすがに勝手に使うわけにはなぁ。

 ここに入る前に金策をしなければ。


「おう、イニアエスどうした? 入らないのか?」


 振り返ると肩を組んだ二人組の男たちがいた。

 どちらもすでに出来上がっているようだ。

 周りに俺以外にいないので、明らかに俺に向かって言っている。

 この男の知り合いなのか?

 俺は“同化”すると、対象の記憶が少し見えるのだが、この二人の記憶がない。あまり深い中ってわけではないようだ。


「お、おう。実はな、入ろうと思ったんだが財布を忘れちまってな」

「なーんだ。そんなら奢ってやるよ。ほら、行くぞ」


 奢ってくれるだと!? こりゃ渡りに船だ。

 俺は素直に二人に従った。

 あとはバレないよう、上手く話を合わせないとな。


「おーい! シービル三つ!」


 二人の内、小太りな大男の方が勝手に注文してくれた。

 ここの酒の種類なんて知らないから助かった。

 もう一人の小柄な方が言う。


「イニアエスは今日は何してたんだ?」


 いきなり質問が来た。どう答えようか。


「な、何って、いつも通りよ」

「ガハハ! 相変わらず真面目に働いてんのか!」大男は豪快に笑う。

「まー、新婚だもんなぁ。稼がないと、なぁ?」と小男。


 新婚か、イニアエス。記憶でも大部分を占めている女性、これが奥さんだな。


「お、おう。そっちはどうよ?」

「いやー、こっちは大変よ。祝賀会の準備でよ」


 お? 大男は祝賀会に関係する仕事をしてるらしいぞ?


「こっちも料理の下ごしらえでクタクタよ。相当デカい祝賀会になるぞ」


 小男は料理人か?


「そりゃそうだろうなぁ。ところで祝賀会には例のほら、あのお方も来るんだって?」

「ああん? 誰のこった?」大男は運ばれた酒をぐびっとやってから言う。

「ほら、あの、森から来たっていう……」

「サトゥーレントのことかぁ? 本当に来るのかねぇ?」


 呼び捨てか。そりゃそうだな。


「そうそう。そいつよ。なんか噂は聞いてるか?」

「なんでも木のバケモンって話だけどなぁ。ひっく。そんなもんが本当にいるのかね?」小男はしゃっくりしながら言う。すでにだいぶ酔っている。

「なんでも姿は普通の人間らしいぞ」バケモンってとこは訂正しとかないとな。

「うーん、まぁ姫さん……いや、女王か。女王の命を救ったってのは本当らしいけどなぁ」

「そうそう。それにあの木像を見たか? ありゃ見事なもんだぜ。あれほどの物を作れるんだから、ただモンじゃねぇよ」

「ああ。あれなぁ。俺ぁ見てないから分からんが、木工細工士のイニアエスが言うんだから、そうなんだろうな」


 そう、この男はその手の専門家だったらしい。


「しかし、この国はどうなっちまうのかねぇ。大王様がお亡くなりになって、今んとこ姫……じゃない女王様がなんとかがんばってるけどよ。まだお若いし、辺境の領地がまた反乱でもすんじゃねぇかね?」


 なるほど、大男の言うことも分かる。

 中には大王に対し不満を持っていた勢力もあるだろう。

 そんな連中にとって、これはチャンスに他ならない。


「どうかねぇ? 反乱するとしたらどこだと思うね?」

「そりゃ、北のマツハハだろうな。大王様がご健在のときは大人しくしてたくせによ。最近は女王様のやることなすこと反対してるしな」

「南のテンバゴも怪しいぜ。なにやら海の外の連中と密かに通じてるって話だ。大量の武器を買ってるって話もある」と小男が付け足す。


 北と南でサンドイッチってわけか。

 ちなみに我が西側には怪しい動きはない。そりゃほとんど森だからな。


「女王様はエルフと協定を結んだらしいが、どう思うね?」

「どうって、お前が一番反対してたじゃねーか。イニアエス」


 大男がジロッと俺を睨んだ。これはマズイ。


「い、いや。最近は考えを改めてな。やっぱ争いは良くないだろ?」

「エルフの木工技術がすごいから、俺の商売が危ないとか言ってただろお前」と小男。

「確かにな。でも、逆に考えたら、学ぶことも多いと思うんだ。お互いの技術をかけ合わせたら、もっとすごいことができると思ってさ」

「なるほど。そういう考え方もあるのか。だが俺はいやだねぇ。アイツらは何を考えてんだか分かりゃしねぇ。滅多に森から出て来ねぇし」


 小男の言う通り、彼らは人間と交流しなすぎなのだ。

 知られていないから、誤解や偏見が生まれてしまう。

 ここは改善点と言っていいだろう。


「おい。イニアエス、ありゃ嫁さんじゃねーの?」


 大男が指す方に女性の姿があったが、間違いない。奥さんだ。


「まずい。俺は一足先に帰るぞ」

「はぁ? まだ来たばっかだろうが」

「俺がここにいるとまずいんだよ」

「なんだぁ? 嫁に内緒ってわけか」

「こっそり出ていくから、俺のことは秘密にな」

「そういうことなら協力するぜ」


 と、いうことにしてボロを出す前に退散するとしよう。

 酔っ払いならともかく、奥さんでは僅かな違和感も気づかれてしまうだろう。

 俺は人影に隠れつつ、店をあとにしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る