第46話 情報操作
中継局が首都ナトミクーまで開通したときから、俺は街と人々の観察を始めた。見るだけならば“顕現”するまでもなく、そこいらにいくらでもいる人間と“感覚共有”すらばいい。ノーリスクで観察できるってわけだ。
森近くの村人たちとはちがい、やはり都会っ子は洗練されている。
衣服も小綺麗だしバリエーションが豊富だ。おしゃれに気を使う余裕があるということだろう。
家々も木造建築だけでなく、レンガや石を使った頑丈なものが多い。
村では見ない、二階建て以上の建物も多数ある。
建築物で言えば、やはり城はすごい。
ヨーロッパに見られるタイプの城に近いデザインだ。中央にひときわ高い塔があり、それを中心にいくつかの塔とそれをつなぐ建造物がある。
建築のことはど素人なんで詳しくは分からないが、とある夢の国にあるような城って感じだ。
首都のランドマークで首都の中央にあり、街のどこからでもその美しい造形を見る事ができる。
街は巨大な円型の城壁に囲われていて、東西南北の門からそれぞれまっすぐに城に向かって街道が伸びている。その街道を中心としてそれぞれの文化が形成されているようだ。
ナトミクーは南側に海があり、港もある。鮮魚を手に入れるなら南だ。
西は大森林や山に通じているため、そこから取れる野生動物や山菜などが手に入る。
東は農耕が盛んな地域に通じているため新鮮な農産物が入ってくる。
北側は工業や織物などが盛んな地域だ。珍しいものはたいていここいらで売っている。
中心に近づくにつれ地価は高くなるようで、城の周囲は貴族、豪商などが住む高級住宅地となっている。
大森林から近いのは西門になるため、中継局までの街路樹は西の街道に植林されている。
俺は中継局からあまり離れた場所には行けないので、主に見ているのは西側だ。
この辺りは木が手に入りやすいためか、家具屋や大工などが店を構えている。
道路は石畳で舗装されている。しかし庶民の移動手段はほとんどが徒歩だ。馬や馬車を使っているのは富裕層だけである。
道にゴミはほぼ落ちていなく、清潔に保たれているのは驚きだ。
昼間はいろいろな人々で通りは賑わっている。
言葉の訛りや服装は様々で、大陸の各地から人々が集まってきているようだ。
もうすぐ女王の即位の祝賀会があることも関係しているのだろう。
「いいよなぁ。西は街路樹があってさぁ」
ふと子どもたちの会話が耳に入ってきた。
「へへ。お前ら南野郎は潮臭いからくるなよ?」
「あんだとこの野郎! 西だってこないだまで田舎だっただろうが!」
「おいおい、それ言ったら今一番田舎の北っ子に悪いだろうが」
「そりゃ俺のことかぁ? 偉そうに! サトゥーレントがナンボのもんじゃ!」
急に俺の名前が出てきて吹き出しそうになった。
意外に有名なのか、俺。
それにしても、子どもたちの会話はなんだか差別的というか。
どの子もよくいる一般家庭の子どもの服装だし、俺からしたら変わらないように見える。
どうしても人というのは比べたがるらしい。
「サトゥーレント様はすごいに決まってる。大王様の像を見ただろ? あんな本物そっくりの精巧な像を作れるんだぞ」
「あれは確かに……まるで生きてるみたいだったよな」
大王像は運ばれる過程ですでに多数の人々に目撃されている。
出来には自信があるぞ。なんせ本人のコピーなんだからな。ちなみに美術の才能はからっきしだ。
「でもよー、ホントに生きてるみたいで怖いよな」
「夜になると動くって噂もあるぞ」
んなわけあるか!
人の形はしてるけど木だからなぁ。腕を動かすみたいな細かい動きは無理だが、ちょいと腰を曲げるくらいなら出来るかな? たまに動かしてビビらせてやるってのも面白そうだ。ヒヒ。
「サトゥーレント様って今度の祝賀会に来るんだろ? どんな見た目なんだろ」
「噂じゃ普通の人間の姿らしいぞ」
「木のバケモンなんだろ? なんで人の姿してるんだよ」
「知らねーよ。俺に聞くな」
木のバケモンってお前……。
いっそこの場に現れて俺がサトゥーレントだって名乗ってやろうか。ビビるかな?
いいや、それはマズイな。ならばこの“感覚共有”した人間と“同化”して、と。
「あ、あー。そこの子どもたち。サトゥーレント様を見たことないのか?」
「おじさん、誰? サトゥーレント様を見たことあるの?」
「ああ。あるとも。普通の人間の姿をされていたぞ。ただ、どのようなお姿にもなれるらしいから、姿など意味のないことかもしれんな。今もそのあたりにいらっしゃるかもしれんぞ。滅多なことは言うなよ?」
「うげー! どっかで見てるのかよ、気持ち悪ぃ!」
「こ、こら! 滅多なことは言うなというのに」
「だってさぁー。やっぱ普通じゃないもん」
「そりゃそうだが。しかし人間の味方なんだから心配するな。女王様をお助けくださったんだからな」
「だけど大王様は助けられなかったじゃん」
「そうだそうだ!」
「弱っちーの!」
「い、いや、それはその……とにかく! 偉い人なんだから尊敬しないとダメだぞ!」
「うるせーバーカ!」
「こ、こら!」
悪ガキどもは、口々に罵詈雑言を吐きながら逃げていった。
ク、クソガキめ!
でも、これはなかなかいいかもしれないな。
こうやって人になって、噂を流せば情報操作できるかもしれない。
よし、いいことを思いついたぞ。このまま夜になるのを待って酒場に行ってみようじゃないか。
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