第45話 翼授草
大森林から首都ナトミクーまで木々をつないでいくのは、なかなかに骨の折れる作業だった。
俺は森から離れるほど力が弱まってしまうため、手伝うこともできず歯がゆかった。
まぁ、もっと前から作業を進めていればこんなに苦労することもなかったんだが、なにせエルフが勝手に木を植えるなんてことが知られたら大問題になりかねん。今回のように女王公認でもなければ不可能だったのだ。
土地に関して大きな問題はなかった。ほとんどは個人のものでもない土地で、途中に小さな村がいくつかあるくらいだからだ。 一つの村が最後まで抵抗したくらいか。それも最悪、迂回するという手があるのだが、問題はナトミクーの中である。
王城に大王の木像を設置する許可は早めにとって、土台の工事もあっという間に終わらせ、あとは像を持っていくだけ、という状態にするまではいい。大変なのは、そこまで中継局となる木をどう繋いでいくかだ。
許可はある、とはいってもエルフを使うことができない。まだまだ彼らに対する偏見や差別は根強いからだ。勝手に木を植えるな、なんてトラブルが起きかねない。
つまり人間側に任せるしかないわけだが、どうするつもりなのか、休暇を使って帰って来ていたラメエルに聞いたところ、彼女はこともなげに言った。
※
「簡単ですよー。王城までは都の入り口からもっとも大きな街道が通っていますから、そこにエルフたちからの友好の印として、街路樹を植えるという許可をすでに取ってあります。もう植えはじめていますよ」
「手際がいいな。しかし、大丈夫か?」
「と、言いますと?」
「だって、エルフからなんて公言するといろいろあるだろ? 人間に対する背信行為ととられかねないぞ?」
「そうですねー。確実に鼻つまみ者ですねー。あははは」
「あははって……」
「ま、私達は森に住むつもりですから。多少のことは気にしません。あ、退任してもそのまま森に住んでも構いませんか?」
「それはもちろん。ちょっと不便だと思うが? それと子どもたちはどうする?」
「いえいえ、多少の不便を考慮しても、サトゥーレント様のお側にいられるっていう安心感は何物にも代えがたいですよ。子どもはそのころには独り立ちさせます」
ずいぶんと俺や子どもたちを信用してるようだ。
俺は近くでガデイラと釣りに興じている二人の子どもたちを見た。
初夏の暖かな日差しをキラキラと反射する湖面。それを突き破り吊り上げた魚が姿を見せると三人は歓声を上げた。
実に幸せそうな家族だ。これを壊したくなんだが……いずれ親離れしなければならない、とはわかっているけれど。
「そんなことより、もっと大きな問題は作業完了までギリギリということです」
「ふーむ。大きな式だし、招待状は各地の領主たちにも送っているだろうしな。延期ってわけにはいかんだろう」
大王国は各地にあった小さな国々を統一して出来ている。
それらの国々は今は領地となっており、そこを治める領主がいる。
彼らが遠路はるばる集まってくるのだから、予定変更というのは気軽にはできない。
「馬車を使ってどんどん木を運んでるんですが、どうしても移動に時間がかかってしまって」
「やっぱりそうか。ならば馬に食わせて欲しい餌があるんだ」
俺はこんなこともあろうかと、密かに育ててた草の話をした。
それは活力を上げる特殊な成分が含まれている草だ。やたら興奮している動物がいたことから、その草の効果が発覚した。
人間にも効き目はあるが、食べ過ぎると鼻血が出てしまうほどの栄養を含んでいる。
俺はそれを、翼を授ける草と書いて
「翼授草というのですね。やってみます」
「苗木と一緒に運ばせるから、飼い葉に混ぜて食べさせるといい」
「ありがとうございます!」
※
翼授草は緑色で長さは30センチほど。幅は一番太いところで2センチくらい。先に行くほど細くなっていく。
見た目にはニラが近いと思う。
森の出口には、木を積んだ馬車と共に出発しようとするラメエルがいた。
翼授草はすでにエルフたちに届けてもらっている。それを一束手に持ち、珍しそうに見るラメエル。
俺は彼女の側に“顕現”した。すでに慣れっこのラメエルは驚きもせず言った。
「これが例の草ですね」
「ああ。注意して欲しいのは、あまり食べさせ過ぎないこと。食べ過ぎは毒だからな。エルフだとこの葉一枚で十分効き目があるんだが、馬だったらそうだなー、人間の十倍くらいの体重がありそうだから、十枚いってみようか」
「かしこまりました。早速、食べさせてみましょう」
日頃食べさせている餌に、翼授草を混ぜ、二頭の馬に食べさせてみた。
美味しそうに目を細め、顎を左右に動かし草をすりつぶすように咀嚼している馬たち。
その効果はすぐに現れた。
「なんだか、鼻息が荒くなってきましたね」
「うん。これは効いてきたな。もう馬車に乗ったほうがいいかもしれんぞ」
「え? は、はい!」
ラメエルと御者が馬車に乗り込むと同時に、馬はいななき、前足を跳ね上げた。
足が地面に着くと、猛烈な勢いで走り出す。
「ぎゃああああ!」
悲鳴と共に、ラメエルを乗せた馬車はあっという間に小さくなっていった。
その場にいた俺とエルフたちは、その光景をポカンと口を開けて眺めるしかできない。
すまん、ラメエル。ちょっと食べさせ過ぎたかもしれん……。
その後届いた報告によると、草は五枚が適量だろう、とのこと。
ちょうどいい分量がわかると、運搬はだいぶはかどった。
その結果、計画は余裕を持って終了したのだった。
こうしてあとは女王の即位の式典を待つばかり、となったわけである。
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