第43話 突然の危機

 イェクンが運ぶ木は、中継局までのつなぎとしてつかう重要な物だ。

 木は、ただの木ではなく、サトゥーレントの一部となっている木でなければならない。樹齢が長い木の方がつなぎとしての力が強いが、育ちすぎた木は運ぶのが難しいので長ければいいというものでもない。

 大体、高さ1~2メートルくらいの木が適している。その条件を満たす木は外縁部で見つけることができた。

 若い男エルフたちがそれらを選定、傷つけぬよう注意深く掘り返し、里まで持ち帰る。

 それをさらに人間の村へ持っていく。そこからは人間側の協力者が街道に沿って植林していくという流れだ。


 祝賀会までに間に合わせるため、エルフたちも猫の手も借りたいという状況だった。

 アキレトがイェクンも仕事に加えたのは当然の考えだった。


 アキレト、イェクンは三名の男エルフと合流し外縁部へ向かっていた。

 そこから里までの木の運搬を手伝おうというのだろう。

 里から森の外へ運ばせるのは、逃亡の恐れがあるイェクンにやらせるわけにはいかなかった。


 その一部始終をサトゥーレントも見ていた。


 ※


 イェクンを仕事に加えるということに異議はないだが、ちょっとマズイことになっている。

 彼らが向かっている方向にイノシシがいるのだ。

 イノシシというのは似ているからそう名付けただけであり、元の世界のイノシシとは少し違う生き物だ。

 体長は1メートル半くらい。体重は100キロほど。草を食べることが多いが雑食で生き物を襲うこともある。基本的には小型の生き物が獲物であるが、気性は荒く、ときに自分より大型の生き物に攻撃をしかけることもある。

 額の中心に20、30センチほどの角が生えていて、突進してそれを刺すという攻撃が厄介なのだ。

 特に危険なのが、子連れの親である。子どもを守るため、特に攻撃的になっているのだ。

 彼らの進行方向に、まさにその子連れのイノシシがいるのである。


 エルフにとってイノシシは狩りの獲物にすぎない。

 しかし狩りの準備もなく偶発的に出会ってしまうと、イノシシが勝つ可能性もある。

 彼らにイノシシの存在を教えてもいいのだが、俺はあえて静観することにした。


 徐々に距離が詰まっていく。その距離が50メートルほどになったとき、イノシシがエルフたちに気がついた。

 イノシシは鼻がきくのだ。

 エルフ一行はまだまったく気がついていない。


 普通ならここでイノシシが逃げていく。

 だが、このイノシシは迎え撃つ気のようだ。子どもが逃げ切れない可能性があるからかもしれない。

 子を守るための当然の行動である。


 あと30メートル……10メートル、ここでようやくアキレトがイノシシの存在に気がついた。


「待って! 何かいる!」


 全員が一斉に身をかがめ、視線の先の動く茂みを注視した。


「あれは……イノシシだ」


 男エルフの二人とアキレトが背の弓を取り出し、構えた。

 もう一人は刃渡り20センチほどのナイフを抜く。

 イェクンは武器を持っていないので身を低くしてあらゆる状況に備えた。


『ブモォォォ!』


 咆哮とともに、イノシシが突進をしかけてきた。

 森の中とは思えない速度だ。

 即座に先頭の男エルフが矢を放った。イノシシの右肩辺りに命中するが致命傷とはならない。

 次のエルフとアキレトも矢を射る。一つは背中に刺さるが、もう一つは偶然にも角に当たってしまい、弾かれた。

 これではイノシシの突進を止めることはできない。

 三人が次の矢を準備する間に、ナイフの男が先頭に出た。

 最悪の場合、彼は犠牲になる覚悟である。非常に勇気ある行動だ。


 目の前にイノシシの角が迫ってきたとき、その迫力のせいで男は恐怖に挫けてしまった。

 ナイフを刺すことより、身を翻す方に意識がいってしまったのだ。

 彼を責めることはできないが、その判断は遅すぎた。

 角が男の太ももをえぐった。

 イノシシはそのまま頭を上に振ると男は宙に浮かび、二回転ほどして下に叩きつけられる。


 イノシシは一行のど真ん中を突き抜けると、振り返って次なる獲物を定めた。

 その先にいたのはアキレトだ。


「くっ!」


 エルフは皆、弓の名手である。

 アキレトの腕も確かだ。しかし、弓だけでこれほどの大物を仕留めるには、あきらかに筋力が足りない。

 矢は頭に命中したが、それは固い頭蓋骨によって受け止められ、致命傷とはならなかった。


(頭はダメ! 心臓を狙わないと!)


 そう思っていても、正面を向いたイノシシの心臓を射抜くのは不可能に近い。大きな顔が盾の役目を果たしているのだ。

 イノシシが動き出したその時、目の前に影が立ちはだかった。

 イェクンだった。

 手には先程の男が落としたナイフが握られている。


「俺が抑えている間に、やれ」


 それだけ言うと、イノシシに向かって突進していく。

 無謀のように見えるが、完全にスピードに乗る前に止めた方がいいという判断だろう。

 衝突と同時に右手に持ったナイフを首につきたて、左手で角を握る。

 そのままがっぷり四つに組み合う。

 イノシシは振り払おうと首を左右に振るが、離れない。

 イェクンは人間の中でもトップレベルの筋力がある。そう簡単には離れないが木の葉のように体が宙を舞っている。


 だが足を止めることには成功した。動いていない的を射るのは、エルフには容易なことだ。

 男エルフの放った矢は胴体横、前足のやや後ろ辺りに刺さった。

 その奥にイノシシの心臓があることを、彼らは熟知していた。

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