第41話 西の大領主

 俺は木だぞ。それ以前に面倒はご免だ。このままのんびり生きていたいんだよ。

 なんとか断らなければ。


「ここはエルフの土地ですよ。俺ではなくてマルクックに任せたらどうです? 俺なんざ、人から見たら木の化け物みたいなもんでしょう? 人々も納得しませんて」

「民は私が納得させましょう。サトゥーレント様がどのようなお方か広く知られれば、反対など出ないはずです。祝賀会もその一環だったのです。人々はエルフとサトゥーレント様について知らなすぎるのです。まずは相手をよく知ること、それが平和への第一歩だと考えます」


 なるほど。それが、俺が祝賀会に呼ばれた理由か。


「しかし、これだけのことでは広く知られるとまではいきませんよ」

「確かに、祝賀会には選ばれた者しか出席できません。そこで、ある計画を立てました。それぞれの領地の代表が心技体を競い合う大会です」


 その思いつきには、俺も驚かされてしまった。まるでオリンピックじゃないか。これを女王が自分で思いついたってのか?


「俺は木ですし、参加できませんよ?」

「ご参加頂く必要はありません。西の大領主として周知できればいいのです。出場していただくのは西領に住む人間、もしくはエルフから選んでください。エルフのことを知ってもらう機会にもなるはずですよ」


 なるほど、俺はともかくとして、エルフを知ってもらうのは俺にとっても嬉しい。

 人間と平和に共存して欲しい、それが俺の願いだからな。


「エルフ族の優秀さを見せれば、一目置かれるはずです。そして競い合うというのは戦争の代替行為でもあります。これからは血なまぐさい戦いではなく、競技でその優劣を争うのです」

「それは素晴らしいお考えです。競技大会には大賛成ですよ。ただ俺が領主となるのはまた別では?」


 女王はゆっくりとした、それでいて無駄のない洗練された動きでカップを取り、音も立てずに中身を口に含んだ。それを嚥下してから優しい微笑みを浮かべた。木として数千年生きた俺ですら、思わずどきりとしてしまう美しさだ。


「色々な意見はあると思います。私自身、考えに考えました。結果、どうしても大領主にふさわしい存在としてサトゥーレント様以上のお方はいないと確信したのです。理由は様々あります。お人柄……という言い方は正確ではありませんが、その内面性は極めて善良であり、真に平等であらゆる生命、自然を慈しんでおられます。そして信じられないほど長命であらせられること。上に立つ者の大きな問題として、寿命による死、加齢による衰えがあります。上の者がころころ変わることは民にとって害にしかなりません。そして交代の際、多くの場合は争いが生じます」

「跡目争いってやつですね」

「おっしゃる通りです。我が父もそういった理由で不老不死の方法を探していたのです。これだけでもサトゥーレント様を領主として推すのに十分ですが、それ以外にもサトゥーレント様はエルフから信仰されておりますし、また精霊とも通じていてその神秘的な力を行使することも可能。つまり代えのきかない唯一の存在なのです。このようなお方がなんら重要な立場にない、という方が他の領地の者にとっては不安なはずです」

「え? そうだろうか?」

「私はサトゥーレント様のことを知悉しておりますが、そうでない者にとってはどうでしょう? 強大な力を持った、人間を遥かに超える存在がいる。人間の味方であるならともかく、その保証がないのであれば、脅威でしかありません」

「口でいくら味方だと言ったところで、信じてもらえないってことか」

「おっしゃる通りです。大領主という地位が、人々の側にいるという安心になるのです」

「んー、そういうもんかねぇ? そもそも俺は森なんだから、中に入ってこない限りは何もしようがないんだけど」

「それも、信じてもらえるとは限りません。人はより高位な存在に対し畏れを感じるのです」


 なんかさっきから過剰に褒められているような気がしてくすぐったいのだが。

 言ってることは分からんでもないがなぁ。


「そしてそれがエスカレートしていけば、またイェクンのような愚かなことをする者が現れるでしょう」

「それは困るぞ」

「そうならないために、サトゥーレント様のことを民や他の領主、貴族たちに正しく知ってもらう必要があるのです」


 気味の悪い存在をほったらかすより滅ぼしてしまった方が気が休まるってわけか。


「分かった。その話受けましょう。ただし、俺には死がないとはいっても、何かの事情で辞めなければならなくなるかもしれません。そういうときに後継者を指名する権利を認めていただきたい」

「そのような権利はどの領主にもあります。ですが、中央の認可、つまり私のですが、が必要です。それでも構わなければ」

「許可が降りない場合もあると?」

「あまりに身勝手、理不尽、非効率などなど、認められない事由があればです。普通は許可されます」

「俺としてはエルフにやってもらいたいんでね。十分な教育と人間との交流が進めば、エルフにも領主を任せられる者が出てくると思うんだ」

「そういった領内のこともろもろをおまかせしたい、ということです」


 ならば一旦、俺が領主となってエルフ達の文化レベルを上げた方が良いかもしれないな。

 あくまで一時的にだぞ。育ったら俺は退任するからな。

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