第40話 女王の決断

 試してわかったが、王都には“分身”を出すことができない。離れすぎているからだろう。俺の処理能力を集中させる必要があって、王都に“顕現”している間は“分身”も消さなければならない。そこまで便利なわけじゃないってことだ。


 中継局こと大王も木像は、当初は城門前の広場に設置するという案が推されていた。人々の思い出にいつまでも残るというためにはその方がいい。だがそんな目立つところに置かれては俺が困ってしまう。“顕現の瞬間をみられたら面倒になってしまうからだ。

 そこで、木像だから風雨から守らなければならない、という名目を作って、正門と王城の間の中庭に像を設置するための建物を作ってもらい、その中に設置してもらった。

 建物は像がピッタリ収まるサイズで、二階建ての一軒家くらいの大きさになっている。正面に大きな扉が一つあるだけで窓は一つもない。扉は日中は開け放たれており、見張りの兵が一人、立哨している。像の裏側なら人目につかず“顕現”できるってわけだ。

 その見張りの兵だが――


「おっす。ごくろうさん」

「ハッ! サトゥーレント様! と、いうことは成功されたんですね!」

「そのようだね。女王様はいらっしゃるかな?」

「ご案内いたします。こちらへ」


 この兵士、何を隠そうかつて俺が傷を治してやった偵察兵だ。彼ならば俺の顔も、力のことも知っている。この役目に適任ってわけだ。ということで俺の推薦で任命された。


「退屈な仕事を押し付けてすまんね」

「ははっ。確かに退屈なんですが、前と違って命の危険はありませんし、何より給金が倍増ですから。妻も大変喜んでおりますよ」

「そりゃ良かった。奥さんにもよろしくな。ところで力がどこまで及ぶか分からんから、場合によっては女王を呼んでもらうかもしれん。失礼になってしまうかな?」

「他ならぬサトゥーレント様のことですから、まさか無礼討ちなんてことにはなりませんよ。というか、無理ですし」


 なんせ加工した木を使うのも、これだけの遠隔地で力を使うのも初めてのことなのだ。俺にも分からんことが多い。

 今のところ、感覚としては問題なさそうだ。城内すべてのみならず周辺の城下町の一部くらいは行けるんじゃないか?


「こちらでお待ち下さい」


 俺は小さいながらも贅沢な調度品が多数置かれた応接室に通された。

 謁見の間、みたいなのを想像していたんだけど、よく考えたらそんな目立つことはできんよな。おそらく今後もここが女王との会合の場となるんだろう。

 先代大王の肖像画やら、金色に輝く瓶からを、芸術など分からん俺が訳知り顔でながめていると、入り口のドアが開かれた。


「サトゥーレント様。お久しぶりでございます」

「これはプラヴヴュイル女王陛下。この度の計画、見事成功のようですな」

「喜ばしい限りですわ。ときにサトゥーレント様。ここでは私のことはプラヴィーと及びください。非公式の場ですので、あまり堅苦しいのもお互いに肩がこりますし」

「それは助かりますプラヴィー様」


 そんな感じで挨拶を済ませ、軽く近況を報告しあったあと、琥珀色の茶を一口すすってからプラヴィーが言った。


「ところで今後のお話なんですが、実は問題が起きております」

「問題とは?」


 これだけの激動があったのだ。何の問題もないってわけにはいかなかったらしい。俺も多少の覚悟はしていた。


「やはり私の力を疑う者が現れているようなのです」

「ふむ。その者の見当はついているので?」

「はい。サトゥーレント様は人間の歴史などご興味はないでしょうから、基本からご説明いたします。このアレステティキファ大王国はシズナシ大陸を統一し、できあがったものです。これを御覧ください」


 女王の後ろに二名の侍従が控えていたが、そのうちの一人が丸められた大きな皮をテーブルに広げた。

 そこにはシズナシ大陸の地図が書かれていた。


「これは素晴らしい地図ですね」


 大陸の全体図とはすごい。何年かけて測量したのだろうか。

 俺も大体の大陸の形は把握していたが、大森林からは外のことは正確には知りようもない。

 形はやはり前から伝え聞いていたように、東に向かって大口を開けている亀の頭のようである。


 地図には地名が書かれていたが、古来からの人間の独自の文字とエルフの文字、すなわち俺の知る日本語のカタカナの両方で記されている。

 亀の口の中がガズル湾で、上顎の根本付近に首都ナトミクーがある。

 鼻先あたりにあるのがマツハハ。下顎根本辺りにテンバゴ。首の中央にオポウラ山がありその周囲が大森林である。

 その大森林の辺りはミブコと書いてある。それが人間界での呼び名らしい。


「各地はもともとの領主が治めていましたが、統一後に大きく四つに分割し、その領地は大領主が治めていくことになっております」


 女王は指で地図をなぞる。亀の頭から鼻先辺りの地域を示した。


「この北領をエートゥに」


 次に下顎全体をなぞる。


「この南領はドナナートに」


 上顎の下半分から顎の接合部あたりを示す。


「ここを中央として王家が取り仕切ります」


 最後に首を丸く囲った。


「ここを西領としてサトゥーレント様にお任せしたいと思っています」


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