四章
第38話 それから
その後、大王の滞在した小屋は大使であるガデイラ一家の住処となっている。大使館、ってことになるのかな。
それより女王誕生の地として歴史に残る場所になりそうだ。湖にくるレジャー客がついでに見ていく観光スポットにもなっている。大王が亡くなった場所でもあるのだが、うまいこと良いイメージで上書きできたようだ。
そういう意味じゃ、いわゆる事故物件でもあるんだが、ガデイラ一家全員とくに気にしてなさそうだ。よく考えればこの世界、誰もが十分な医療を受けられるわけじゃないし、家で誰かが亡くなるなんて別に珍しいことじゃないんだよな。
二人の子どもたちは自然を楽しみ、すくすくと育っている。
ガデイラと子ども二人が、かつて大王も楽しんでいた釣りをしている。
その様子を俺とラメエルは目を細めて見ている。
春の陽気が温かい。ラメエルは自家製の茶を一口飲んで言った。
「ここは子育てには良いですけど、問題は教育ですね」
「それについては早急に女王と話をしないとな。まだまだあっちも忙しいだろうが、並行して進めないといけないな。子どもはどんどん大きくなっていくし」
大王殺害事件から早くも一年が経とうとしていた。
プラヴヴュイルはその手腕をいかんなく発揮し、早くもその地位を盤石にしつつある。
やはり、あの子は大したものだ。
「学校を作ったとして、ラメエルは先生をやる気はないか?」
「それも素晴らしいと思いますけど、エルフとの橋渡し役としてのお役目も大事ですし」
「そうだなー。それに関しては俺がやれと言ったんだからしょうがないな。だがそろそろ、その問題もなんとかなると思うぞ」
ガデイラとラメエル夫妻は人間側の大使だ。俺からの要望を受け女王から正式に任命された。
エルフから人間へ、またはその逆に人間からエルフへの要望は一旦、ここを経由することになる。だが今、ある計画が進行しており、それがうまく行けば彼らはここにいなくてもよくなる。
「イェクン様の様子はいかがです?」
「様をつける必要はないぞ。今やエルフの奴隷なんだからな」
「分かっていても抵抗があるんですよねぇ。かつての英雄ですから」
大王殺しの罪を背負ったイェクンは、当初は当然のように処刑されるはずだった。
それを強引に止めさせたのは俺だ。
死刑にすることは簡単だ。それですべて終わる。だがそれではなんの進歩もないではないか。
彼にも更生の機会を、というわけでもないが、あれほどの立場の男が、エルフに対する考え方を改めれば、一般の国民たちにも好影響があるのではないか、そう思ったのだ。
だから、エルフと共に生活するという刑を与えることにした。あくまでもこれは刑であるので、身分は奴隷ということにしてある。
「元気ではあるぞ。やはり居心地は悪そうだが」
「エルフから迫害されておりませんか?」
「俺の目があるからな。エルフたちもあからさまな暴言を吐いたり暴力はしないよ。ただ、どうしても仲良くってわけにはいかないよな」
イェクンはなんだかんだ、よく働いている。初めは腫れ物扱いされ無視されていたが、アキレトが哀れに思って何かと目をかけてやってくれているのだ。
彼女も容赦なく、あれこれと仕事を振っているが、彼は文句一つ言わず、黙々と働いている。
俺も目を光らているが、逃げる様子も反旗を翻すそぶりも見えない。
徐々にだが、エルフたちも彼を認めてきているようだ。
「イェクンさ……いえ、イェクンもエルフに対する差別をなくしてくれればいいんですけどね」
「だな。そろそろ来るぞ」
俺がここに“顕現”しているのは、理由がある。
人間の使者が、こちらに向かってやってきているからだ。使者は定期的にやってくるのだが、今回はその定期便とは時期が違う。何かあったかもしれないのだ。
ほどなくしてやってきた使者は、王家からの書簡を渡すと挨拶もそこそこに去っていった。特に焦っているとか、変わった様子はない。
何を知らせに来たのか、中身が気になるが、まずはラメエルに確認してもらう。
真剣な眼差しで読み進めていく。彼女も最初は緊張感を持っていたが、徐々にそれが緩んでいくのが分かった。
「女王様からです」
「なんだって?」
「来月、即位の祝賀会を行うので出席するように、とのことです」
「なるほど。そりゃめでたいな」
まさか、また新たな問題発生か、という悪い予想もしていたが、そういう話なら大歓迎だ。
女王は正式な即位ではなかったし、不安に思っている国民も多いだろう。
彼女の地位を盤石にし、国を安定させるためにもそういう儀式は必要なんだろうな。
「エルフの代表としてマルルックさんとアキレトさんの招待状もあります。サトゥーレント様もご出席くださいとありますよ」
「俺もか?」
「それはそうでしょう。女王にとっても恩人なんですし」
「しかしだなぁ。俺は森から離れられんのだが」
「ですよねぇ。ですが、これには中継局を試して欲しいとあります」
「おお、ようやく試すときが来たか」
中継局、そう俺たちが呼んでいるのは大王の木像である。
なぜ大王の像が中継局なのか? ということを説明せねばなるまい。
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