第37話 女王誕生

 ここでイェクンを殺すことなど簡単だ。

 だが怒りに任せ、そんなことをするのは良くない。彼の考えも知るべきだ。彼はただの悪人ではない。


「おい、聞いているのか!」

「聞いているとも」


 すでに“分身”すら使いこなしている俺にとって、この身を保ったまま彼と“同化”することなぞ造作もないことだった。

 イェクンの体を乗っ取り、その手から姫と剣を離す。

 拘束を解かれた姫は、俺の元へと駆け寄ってきた。


「なっ、体が勝手に!?」


 イェクンは体の主導権を取り戻そうとするが、それは無理なのだ。

 この能力は、今やっているように相手の意識を奪わないようにもできる。だが脳から体への命令をこちらで上書きしているようなものなので、もはや自分の意志で動くことはできない。


「姫。外へ行って兵士に状況を説明してくれ。彼らはイェクンに忠誠を誓っている者たちだが、敗れたと知ればこちらにつく者もいるだろう」

「しかし、何と言えば……」

「うーん、ならばイェクンにやってもらうか」

「何を……」


 俺は彼の意志とは無関係に小屋の外へ出て、未だ空気の壁と格闘している兵士たちの前に行った。イェクンの意識だけのこし、体のコントロールを完全に奪った。彼にも状況は見せた方がいいだろう。


「よく聞け! 大王は死んだ! 我らは今後、プラヴヴュイル姫を女王とし、その下につくことになる!」


 イェクンの言葉が事前の話とまったく違ったのだろう。兵士たちはあっけにとられていた。


「なぜです! 我らはイェクン様についていくと決めているのです!」

「王家を滅ぼし、共に新しい国を築くとおっしゃっていたではありませんか!」

「それでは一体何のために大王を討ったのですか!?」


 そのようなことを口々に叫びだした。

 なるほど、そういう考えだったのね。


「考えが変わったのだ。姫、いや女王は立派なお方だ。新たな国は女王と共にある! 我らは従うのみだ!」

「ちょ、サトゥーレント様、勝手にお話を進めないでください!」


 勝手に女王に祭り上げれて焦ったのだろう。姫は駆け寄ってきて兵士に聞こえないように小声で言った。

 俺も兵士には聞こえないように注意して答える。


「とはいえ、大王は死んでしまったし、後継者は姫しかいないんだろう?」

「それは、そうですが……」

「なら、覚悟を決めるんだ。これからは姫が女王として民衆を率いるんだ」

「そ、そ、そ、そんなことを、急におっしゃられても!」

「姫、いや女王様。人の上に立つ者というのは、ときにこのような急な判断を求められるものなんだ。さ、覚悟を決めてくれ。というか、さっき自分で女王になると言ったではないか」

「う、ぐ……」


 見れば女王の目には涙が浮かんでいた。大王の死で流した涙は乾いたというのに、またすぐに別の涙を流す羽目になるとは、気の毒ではあるがしかたがない。

 次の瞬間、女王は涙を指で拭い、光の宿った強い目線で俺を見た。腹をくくったのか?


「分かりました。ですが、サトゥーレント様。今後は私の相談役となっていただきます」

「へ? 俺が?」

「私を女王として推薦されたのですから、その責任はありますよね?」

「え? ええ?」

「さ、決めてくださいませ。人の上に立つものはときに急な判断をしなければならないんですよね?」


 グッ! 俺の言ったことを逆手に取るとは。可憐な女性かと思いきや、なかなかやりおる。流石は大王の血を引くものということか。


「しかしなぁ、俺は森から出ることはできんし」

「それについては後ほど考えましょう。さ、どうしますか?」

「分かった分かった。ただし俺は中立だぞ。人間につくわけではないからな」

「心得ております。むしろ、だからこそ良いのです」


 よく考えれば、俺も女王と直接つながれるのだから悪い話ではない。

 いや、予想していた結末のなかのどれよりも最良の結果になるかもしれない。

 代償として大王の命は失われてしまったが、これが怪我の功名ってやつだろうか。


「よし、では皆のもの。新たに女王となられたプラヴヴュイル様よりお言葉を賜る! さ、女王様」


 女王は一歩前に出ると、胸を張り、大きく一息吸った。

 

「皆の者、聞きなさい! たった今、大王アレステティキファが倒れ、この私プラヴヴュイルがその位を引き継ぎました。これよりこの大王国はこの私、プラヴヴュイルが女王として治めることを宣言します。あなた方はこの女王に従い、新たな国の兵士となるのです!」


 あの可憐な乙女という風防の姫が、凛々しい表情で、敷地内すべてに聞こえるほどの大声を出している。

 こんな事態を想定し、日頃からなんらかの教育を受けてきたのかもしれない。

 大王なる存在は、いつどこで誰に襲われるか分かったものではない。そう考えれば当然のことなのかもしれない。


 だがたった今、眼の前で父親が殺されたのだ。

 俺が彼女の立場だったら、あんなに立派に演説できるだろうか?

 やっぱり彼女はただの可憐な乙女ではなかったようだ。

 兵士たちはまだ事態を把握しきれていないのだろう、口を半開きにしてあっけにとられている。

 ここは俺が、イェクンの代わりを務める場面だろう。


「皆、聞こえただろう! 新たな女王の誕生を称えるのだ!」


 それを受け、一人が武器を掲げ「おー!」と声を上げた。するとそれが波紋のように広がり、やがてその場にいる全員が喝采をあげたのである。

 ともかく、この場は収まった。だがこれからやるべきことは山積みだ。

 俺はずしりと、健康なはずの胃が重くなるのを感じていた。

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