第36話 決裂

 俺はすぐさま大王を治療しようとした。だがすでに彼の命は途切れてしまっていた。なぜ俺はこの場を離れてしまったのか。後悔してもしきれない。


「サトゥーレント様! 大王様を、お父様をお救いください!」


 プラヴヴュイル姫は俺にすがる。

 だが俺は無言で首を横に振ることしかできなかった。


「わあぁぁぁぁ!」


 すべてを理解した姫は大王の亡骸にすがるようにして大粒の涙を流した。

 そこはイェクンのすぐそばだったので危ないと思ったが、イェクンは彼女に危害を加える気は無いようだ。

 うっすらと笑顔を浮かべると手を差し伸べて言う。


「プラヴヴュイル姫。大王のことは残念だった。これからは我が伴侶として一緒に国を治めて欲しい」


 姫はその手を打ち払った。

 肉と肉が当たる乾いた音が響いた。


「そんなこと! できるわけないでしょう! お父様を殺したあなたなんかと!」

「ふむ。ではしかたない。野へ下り平民として暮せばいい。できぬというならここで殺して差し上げましょう」

「あなたなんかに国を任せられません! わたしが父を継ぎ女王となります! 誰か! 誰かいませんか!」

「ほう。そうくるとは思わなかった。だが残念。すでに兵士たちは皆、私の配下にある。姫を助けるなどありえん」

「まさか……」

「しかし、これほど騒ぎになっているというのに誰も来ないとは、どうなっている? おい、誰かいないのか!」


 イェクンは外に向かって叫ぶが、何ら応答は無い。

 それもそのはず。


「外の兵士なら来ないぞ」


 建物の周囲には兵士が集まって来ていたが、精霊たちの力で止めてもらっている。

 風の精霊に頼み、生き物が通れぬ空気の壁を作ってもらった。

 兵士たちはなんとか突破しようと体当たりしたり、剣を振ったりしているが、そんなものでどうこうできるものではない。


「サトゥーレント! 貴様、またおかしな術を使いやがったな?!」

「こうなってはしかたがない。イェクン、お前を大王殺しの大罪人として捕らえる」

「できるものならやってみろ」

「……なぜだ? なぜこんなことをした?」


 俺の問いかけにイェクンは眉一つ動かさない。

 今さら分かりきったことを聞くな、とでも思っているのだろう。


「お前たちには関係ない。これは我らの国の問題だ」

「関係ないわけがないだろう! この場をなんだと思っている! エルフと人間が共に歩む、その第一歩だったんだぞ!」


 イェクンは途端に目を血走らせ、こめかみには血管を浮かべた。


「それこそが問題なのだよ! 大王様はお変わりになられた。エルフどもと共存しようなどと、戯言を! だから殺したのだ。これからは私が大王として国を正しい道へ導く!」


 イェクンは剣の切っ先を俺に向けた。


「やめておけ。そんなもの、効かないとわかっているだろう?」

「うるさい! ここまできて引けるものか!」

「なぜだ。なぜエルフと共存できないんだ? 彼らだって生きる権利はある。この森にずっと暮らしてきたんだ。人間の許しなど本来いらないはずだ」


 イェクンは憎しみのこもった視線をエルフの二人に向けた。


「エルフなどと手を組めるわけがないだろう! この大王国を築くまでにいったいどれほどの血が流れていったと思っている? その間、エルフたちは何をしていた? ただ森の奥でのうのうと生きていただけではないか! 権利を主張するまえに義務を果たすべきだろうが。税として果物を納めるだと? ふざけるのも大概にしろ!」


 俺はここでの話し合いは聞いていなかったが、そういう内容だったのか。

 果物はエルフにとっては大切な財産なんだが、彼の価値観ではそれはわからんのだろう。


「ならお前が大王となったらエルフをどうするつもりだ。この森は?」

「森などどうでもいい。土地が足りなくなれば木を切り倒し、住む場所を広げるかもしれんが、今はそこまでではない。だがエルフは根絶やしだ。こんな連中、ただ言葉を解すだけで動物と変わらんではないか。こいつらの生き死になど、我らが決める。よく聞け。こいつらのような、何ら国に貢献もせず、いつ反旗を翻すか分からん存在など、消えてもらうしかないんだよ。奴隷として働くというのなら、飼ってやらんこともないがな」

「私たちは反乱などしません!」


 アキレトが涙声で叫んだ。

 イェクンはそんな彼女を、蔑んだ目で見て吐き捨てた。


「エルフの言う事など、信じられるか」

「分かった。もうお前と話すことはない。剣を捨て大人しく従ってもらおう」


 もはや情状酌量の余地もなし。

 彼を捕らえ、その後どうするかは姫に決めてもらおう。


「それはできん相談だな」


 イェクンは身をかがめ、そのまま横へ転がった。てっきりこちらへ突っ込んでくると思っていた俺は、虚を突かれた。

 転がった方にはエルフの二人がいた。

 イェクンは迷うことなく、アキレトの金色の髪を掴み、自分の元へ引きずり寄せた。

 そして彼女の喉元に、銀色に光る剣を添わせた。


「大人しく従ってもらうのはそっちの方だ」


 俺は血がにじむほど拳を握り、顎の骨が砕けるほど歯を食いしばっていた。

 これは、久しく感じていなかった怒りという感情だ。

 千年分、溜まりに溜まった怒りを開放したら、俺は果たしてどうなってしまうのか。自分でも分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る