第33話 大王の力
大王はベッドを離れ、ソファに腰掛けていた。隣には娘のプラヴヴュイルが座っている。正面にテーブルがあって向かいには同じ形のソファがもう一つあった。家具類は事前に持ち込んでいたものらしく、装飾が施された高価そうな物だ。この簡素な建物にはまったく似つかわしくない。
姫は立ち上がり、膝を曲げて頭を下げた。大王はそのままの姿勢で俺を見た。
「よくぞ参った。そこに掛けるがいい」
「大王様、お体に障ります。ベッドでお休みになってください」
イェクンは大王の元へ駆け寄り、片膝をついて言う。表情はひきつり、焦っているようだ。
「いやその必要はない。実に調子が良いのだ」
「し、しかし。治療もこれから始まりますゆえ」
「そうだったな。余は寝ていたほうが良いかな?」
「いえ。大王様のお好きなようになさってください」
「では掛けてくれ。茶も出さんですまんな。なにせここには何もなくてな」
「こちらもくつろぎに来たわけでありませんので、お気遣いは無用です。では失礼して」
ソファは二人がけのようだったので、俺とマルクックが座り、後ろにアキレトが立つ形になった。
正面に座る大王は、血色が良くなり、髭を剃り顔も洗って若返って見える。おそらく六十前後だろう。千年以上生きている俺からしたら赤ん坊のような年齢、なはずなのだが……この男の眼光に、俺は少し畏れを抱いていた。
長く生きているといっても、無為に過ごしてきた俺と、大陸を統べるため数々の試練を乗り越えてきたであろう男との違いだろう。
「まずは自己紹介を。私はこの森の主、サトゥーレントと申します。以後、お見知りおきを。こちらはエルフの長、マルクックと申します。後ろにおりますのがその娘、アキレトです」
「うむ。余のことは知っておろうな? では無駄話はいるまい。治療に入ってくれ」
「それについてですが、実はもう終わっております」
大王は少し間をおいた。俺の目をじっとみる。
「いやに体の調子が良いとは思ったが……。嘘ではあるまいな?」
「お疑いになるのは分かります。しかし、これが私の力なのです」
「余も人を見る力には自信がある。確かに嘘は言っていないようだ」
その力、本当にあるのだろう。おそらく多数の裏切りや策謀を経験し、自然に身につけたものだ。俺が先程感じた畏れも、その力を感じたからなんだ。
「サトゥーレント様は傷を負った兵も一瞬で治したとか。そうですね? イェクン」
「はっ。そのような報告は受けております」
「怪我はそうだったとして、余は病だぞ。それも治せるというのか?」
「傷であろうが、病であろうが、体の異常を治すことができる、それが私の力です。ただ大王様はこれまでの病のせいでお体が痩せてしまっています。しばらくはよく食べ、よく寝て、適度に体を動かしていただきたく存じます」
大王は唸り声を上げた。その目線は疑いから関心に変わったようだ。先程とくらべて敵意が小さくなっている。
「そう言われると腹が減ってきたわ。何か食べるものはあるか? サトゥーレント殿も一緒にどうだ? もちろん従者も」
「光栄であります。ただ彼らはエルフ族の代表、私の従者というわけではありません」
「そうか。それは失礼した。では今後の交渉はどうすればいいのだ?」
「エルフとの話はこのマルクックとしていただければ」
「うむ。ではこれからについてはまた話すとして、だ」
大王は顔をぐっと近づけてきた。
「一つ森の主サトゥーレント殿に質問がある。その力をもって永遠の命を得ることは可能か? つまり今後永遠に老いることなく、死ぬこともない。そうなることはできるか?」
「残念ながら、私の力でもそれは不可能です。どのような生命にも活動には限界があります。それを可能な限り伸ばすことであれば可能ですが」
大王は残念そうに大きく息を吐いて首を振った。俺が嘘をついているという疑いは持っていないようだ。
「そうか。では単刀直入に言ってくれ。余はあと何年生きられる?」
「百十歳までは保証します。ただし、大きな外傷や毒には注意してください。治す前に死なれてしまうと、私も治すことはできません」
「もはや大きな戦はあるまい。となると毒見役を増やすとするかな」
「それと何より大事なことは本人の生きたいという意志です。毒は当然ですが、体に悪い食べ物はお控えください。それと運動も重要です」
「さっきも申しておったな。その食事と運動というのは具体的にどのようなものなのだ?」
この世界、まだ栄養学なんてものはない。
体に良い物、悪い物の知識がまるでない。塩分、糖分、脂分の摂りすぎやアルコールの飲み過ぎが体に障るということすら知られていないのだ。
運動の重要性も知られていない。大王も病にかかるまえはかなり太っていたようだ。
俺はざっと、そういう話をした。大王は熱心に聞いている。
「ちなみにですが、エルフが作っている果実は必ず召し上がってください。私が改良した特別なものですので」
「エルフの果物はここ数年で急激に旨くなったと聞いていたが、サトゥーレント殿の入れ知恵だったか」
大王のお墨付きとあれば、果物の価値も上がるはずだ。これで少しはエルフも豊かになるだろう。
それからしばらく、俺たちは他愛もない話をした。
大王はかなり気分が良かったらしく、饒舌だった。
食事の用意が整うまでに、俺たちに対する警戒心はだいぶなくなっていた。
こうして大事な交渉はまずまずの滑り出しをすることができたのだった。
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