第32話 大王の治療

 マルクックも人間のことが気になっているらしい。俺に聞いてきた。


「サトゥーレント様。大王は今、どこでしょう?」

「もう森に入っているよ。これならば今日中には着くだろう」


 二人はその日予定していた作業を終え、食事の支度に入るところだった。

 アキレトは簡素な台の上で食材の下ごしらえをしている。


「それはよかったです。わざわざお呼びだてしてしまい、申し訳ございません。どうしても気になってしまいまして」


 マルルックは気苦労が増えたからか、頭に白いものが混じり始めている。

 ほうれい線や目尻の小じわも目立ってきた。


「森の中のことは瞬時に分かる。気にする必要はないよ。いつでも話しかけてくれ」

「さすがサトゥーレント様です!」


 アキレトも俺に気づくと側にやってきた。

 なんだか嬉しそうに微笑んで言ってくる。


「ではあとは大王の治療を成功させるだけですねっ」

「ああ。それなんだが、もう治した」

「え?」

「はっ? も、もうですか?」マルルックも驚きのあまり目が落ちそうなほどまんまるにしている。

「ああ。別に治療所につかなくたって、森に入った時点でもう俺の領域だし。移動しながらだって治せるよ。今ごろ急に体調が良くなって驚いてんじゃないかな? はは」


 大王のことだから、どうせ贅沢しまくりで大酒飲みの大飯食らいで糖尿か脂肪肝でもなってんだろうと思っていた。

 実際には内蔵の至る所に異変があった。俺の素人診断では、あれはガンだな。しかも全身転移の末期ガンだ。

 俺ってそんなガンでも治せるんだ。我ながらすごいわ。


 ※


 馬車の心地よい揺れについうとうとしていたアレステティキファだが、ちょっとした段差に乗り上げた衝撃で目を開けた。

 側では娘のプラヴヴュイルが心配そうに自分を見つめている。妻は森など行きたくないと言って城に残っているので、馬車の中は二人だけだ。


「不思議なものだな。森に入ってからというものの、体が軽くなってきた」


 娘を安心させよう、というわけではなく本当のことだった。これまでまとわりついていた痛みは嘘のように消えている。

 ずっとモヤがかかっていたような思考も今ははっきりしている。

 久々に苦しみから開放された大王は、少し話したいという気分になった。


「それは良かったですわ」

「うむ。やはり自然というのは人間にとっても重要なのかもしれんな。ずっと城に籠もっていたのが良くなかったのだ」

「まぁ。お父様。本当に体調がよろしいのですね。そのようにしっかりお話になられるのは久しぶりですわ」

「そうか。今まで心配かけたな。しかし、これならばサトゥーレントなる者の治療など要らぬかもしれんな」

「いいえ! サトゥーレント様は計り知れないお方です! 念のためにも診ていただいてください」

「そうか。お前はサトゥーレントに会ったと言っていたな」

「はい。お会いしただけでなく、命の恩人でもあります。不思議なお力もこの目でしかと見ております」

「確か、目の前で火の柱を出し、ゴブリン共を追い払ったとか。にわかには信じられんが、お前が言うのなら事実なのだろう。なに、おかしな術など使おうものなら、この大王が見破ってみせるわ」


 大王は高笑いをした。そのような父を見て嬉しくなり、プラヴヴュイルもつられて笑う。

 二人の笑い声は馬車の外にも漏れ、イェクンの耳にも入った。彼も大王の笑い声などいつぶりに聞いただろうか。物珍しさからイェクンは思わず、中を覗きたいという衝動にかられてしまった。しかし非常事態でもないのにそのようなことをするのは不敬だ。ただ手綱を握りしめ、馬車を外から眺めるしかできなかった。


 ※


 それを聞いてマルルックは腕組みし、なにやら考え出した。


「では早速、会合の準備を始めましょうか?」

「ああ。そうだな。体は治したけれど、これまで病気のせいでだいぶ衰弱している。これから美味くて栄養のあるものを食って、適度に運動して、養生してもらわないと。それは俺にもできない。本人に頑張ってもらうしかないんだ。完全回復まではもうちょっとかかるかな」

「なるほど。ではそれも治療ということにして、話し合いは数日先延ばしにしましょう」

「ああ。エルフの最大級のもてなしを見せてやってくれ」

「いやはや、我らが大王を満足させられるとは思えませんが」

「冗談だよ、そう固くなるなって。森で採れた果物でも食べてのんびりしていれば、いやでも回復するさ」


 いかんいかん、マルルックに余計なプレッシャーをかけてしまった。

 本当に顔が青くなってきたぞ。大丈夫か?


 さてさて、回復した大王がどのような男なのか。

 俺も少し不安がある。

 果たして俺の望む不可侵条約は実現するだろうか。いや、必ずさせなければ。

 エルフと人間が共存共栄する世界を作ってみせる。


 ※


 俺は当然、丸腰だったが、二人は持っていた小さなナイフと弓と矢を預けた。

 部下にそれを預けたイェクンは訝しげに俺たちを見る。何か隠し持っていないかと疑っているのだろう。


「俺たちは武装していないんだから、お前も剣を置いたらどうだ?」

「そうはいかん。ここはお前たちの領域だ。何があるかわからんからな」

「ま、いいけど」


 そして俺たちは大王の寝ている寝室のドアの前へと案内された。

 この中に大王がいる。流石に二人は緊張しているようだ。そわそわと動き続け、まったく落ち着きがない。

 イェクンがドアをノックし、入室の許可を得た。さて、大王にお目通りといきますか。

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