第31話 到着
このことはエルフ代表の二人にも話しておくべきだろう。
「ゴブリンは追っ払ったんだが、襲われてたのが姫だったよ。びっくりした」
「ええ!? 姫とは大王の娘ということですか?」
アキレトは興奮気味に鼻を鳴らしている。
珍しいな。興味あるのか?
「そうらしい。プラヴヴュイル姫というらしいんだが、知ってたか?」
「確か、大王には何人か子がいるはずです。そのうちの一人かと」
「なるほどな。世継ぎはたくさんいたほうがいいもんな」
「いえ、それが全員、女性らしいんです」
「あれ、そうなんだ?」
「はい。そして大王はしばらく子ができていないようですので、第一姫と結婚した男が、次の大王になるのかと思います」
「へー」
大王が病気を治したいのは、そのへんの事情もあるかもしれんな。
でもこの世界でも男が王をやるのか。女王が君臨したってよさそうなもんだけどな。
まだそういうい時代ってことなんだろう。
※
俺たちは順調に旅を続け、予定通り四日でモトス湖にたどり着いた。
その間、人間たちにも大きな問題は発生しなかった。
湖は透明度の高い澄んだ水を大量に蓄えている。
対岸には小さく建物が見える。このあたりで唯一の建物、大王の治療所だ。
マルクックは野営地を作るというので、俺とアキレトは様子見がてら治療所に近づいていく。
治療所は木造二階建ての建物だ。大王が滞在するのだからもっと豪奢にするのかと思ったがそうでもない。質素な山小屋という趣だ。中学生のとき林間学校で泊まったバンガローがあんな感じだったなぁ。
まさか予算がないってことはないはず。突貫で作らなければならないほど、大王に猶予がないってことかもしれんな。
「それにしてもすごい壁ですね」
「ああ。大王を守らなきゃいけないからな。まずは防壁ってことなんだろう」
建物は質素だが、その周りを2メートルはある高い壁で囲われている。そのせいで治療所も下の階はほとんど見えない。なかなか異様な光景だ。
壁内の敷地は学校のグラウンド程度はあるだろうか。丸太で組んだ簡素な壁とはいえ、この短期間でよく作ったもんだ。
東西南北には物見櫓も設置され、外敵の接近をいち早く察知できるようになっている。
正面口は大きな門があり、その上には見張りが乗っており警備をしている。
大王はまだここにいないというのに、厳重なことだ。
「このまま近づいたら怪しいやつとして射られそうだな」
「サトゥーレント様を射るなど、正気の沙汰とは思えません」
「俺のことを知らないんだからしょうがない。てか、俺は矢が当たってもどうってことないが、アキレトが心配だ。今日はここまでにしておこうか」
「わ、私のことを気遣っていただくなんて、身に余る光栄です」
アキレトは頭から湯気でも吹き出しそうなほど真っ赤な顔をして恥ずかしがっている。
貴重な人材なんだから当然なんだけどな。
「中継地点に戻って明日のために準備するとしよう」
「はい。それでは戻るといたしましょう」
※
その夜、俺たちは焚き火を囲んで夕食をとった。
俺は食う必要はない、のだが二人が勧めるので付き合った。
炎や煙で見張りが気づくかと思ったが、まだ距離があるし、周りの木々がうまく隠してくれているようだ。
「アキレト、道中ご苦労だった」
父のマルルックは安堵の色が見えたが、何かそれだけではない、嬉しさと悲しさが混在したような複雑な表情をしている。
「サトゥーレント様。これからも娘をよろしくお願いします」
「え? ああ。もちろん」
マルルックはやけに仰々しく頭をさげてきた。
「父さん、それは……」
アキレトは少しうつむいて、つま先で地面をグリグリしている。
顔も少し赤い。
それを見てハッと思い出した。
ひょっとして俺とアキレトの間に何かあったと思ってないか!?
そういえばあのとき、父の許可もあるとかなんとか言ってたな。
俺は一つ咳払いをして、間違いをただそうとした。
だけど、何て言ったらいいんだ?
娘さんには指一本触れてません、てか?
ま、まぁ、あとでアキレトから話してくれるだろう。俺がわざわざ釈明することもあるまい。
「そ、そうだ。今後のことでマルクックに頼みがある」
「なんなりと」
ともかく、明日の話でもしてこの場はやりすごすしかないな。
※
マルルックとアキレトが湖に到着する数時間前のこと。明日の治療のため、大王を乗せた馬車は森へと入ってきた。
予定ルートに鳥の姿で“顕現”した俺は、木の上から大王行列を見守っていた。
人間たちの文明はすでに馬車を作り出すまでになっていた。大王は豪華というより堅牢な馬車に乗って、土がむき出しではあるが平らに整備された道路を進んでいく。
馬車と言っても引いている動物は俺の知っている馬とはちょっと違う。
馬よりも首が短いし、足は太い。長距離をゆっくりと移動する生き物だ。牛と馬を足して二で割ったような動物だ。
おとなしい動物なので人間に逆らうこともない、というのもポイントが高い。
大王を運ぶのだから、速さより快適さを重視したということだろう。
王の前後は馬に乗った兵が厳重に警護している。
さらに馬車のもっとも近いところにはイェクンがピッタリと付いている。
盤石な警備体制である。
その上さらに俺が森全体を見ているのだから、大王に危険が及ぶことはまずないだろう。
危険な動物たちは付近にいないし、この機に乗じて暗殺を狙うような輩も見当たらない。
このまま問題なく到着するだろうが、俺は緊張感を切らさず馬車を見守っていた。
いよいよ明日だ。明日がエルフと人間の大きな節目になる。
絶対に争うようなことがあってはならない。俺はまた決意を新たにした。
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