第30話 来襲と邂逅
集団から少しはぐれてしまった五人の人間がいた。
賢いゴブリンは、その隙を見逃さなかったのだ。
「ギャギャ!」
威嚇のためか、仲間との連携のためか、叫び声を上げながら草むらから飛び出すゴブリンたち。
こちらは二十以上はいる。
「ひぃ!」
五人のうち、二人は女性だった。
一般に、女性のほうが戦闘能力が低い。ゴブリンは当たり前にそこを狙ってくる。
肉食動物が子どもを狙うのと同じことだ。
男たちがそれに気づいたときは遅かった。
一人の女性の顔めがけ、棍棒が振り下ろされる。
両手を交差させ、顔を守ろうとする女性は次に来るだろう衝撃を覚悟した。
丸太どうしを叩き合わせたような音が彼女の鼓膜を振動させた。
だが、女性は衝撃も痛みも感じなかった。
固く閉じた目を薄く開けてみる。
「あぶない、あぶない」
俺は、ゴブリンの棍棒を片手で受け止めた。
指の骨が数本折れたが、どうということはない。瞬時に治した。
「さて。殺してしまうのは可哀想だな」
人間は助けてやるが、そのためにゴブリンを殺すのは忍びない。
賢い彼らのことだ、俺の力を見せれば勝手に逃げ出すだろう。
側にいた三匹のゴブリンが一斉に飛びかかってきた。
次々に襲いかかってくる棍棒を、俺はすべて受けきってやった。
何度も、何度も打ち据えられる棍棒。
だが、俺は意に介さず、女性を守るように両手を広げ、立っている。
「ギャー! ギャー!」
ゴブリンのこの叫びは、味方に対し警戒を呼びかけるものだ。
なんだかおかしな奴がいる、そう言っているのだ。
聞きつけたゴブリンが全て俺のまわりに集まってきた。
「ひぃ!」
人間の女性は腰を抜かしてしまったのか、地べたに座ったまま動こうとしない。
さて、集まったところでちょっくら驚かしてやるか。
(火の精霊よ、力を貸してくれ)
いくら知能が高くとも、動物は本能的に火を恐れる。
俺は精霊に頼んで、目の前に高さ2メートルほどの火柱を出してもらった。
ゴブリンには当たらぬよう、注意してだ。
「ギ、ギ!」
驚いた様子だが、目の前の獲物を諦めきれないのか、ジリジリ後ずさりするだけで逃走はしない。
しかたない。同じものをもう三つほどお願いしよう。
「ギャ、ギャー!」
今度は『逃げろ!』ってな意味だろう。
ゴブリンたちは背を見せると次々と茂みへと姿を消していった。いい判断だ。
それを見送っていると、背後から女性の声がした。
「お助けいただき、ありがとうございます!」
小鳥のさえずりのような、美しいがなんだかか細い声だ。
目的は達したし、けが人がいたら治療だけして、とっとと退散しますか。
振り返ると、そこには身なりの良い女性がいた。
「いえ。礼には及びません。お怪我はありませんでしたか?」
「はい。お陰様で、何事もなく」
「それはよかった。このように森は危険な場所ですので、できるだけ大人数で固まったほうがいいですよ」
年齢は二十そこそこくらいだろうか。レースがたくさんついた黄緑色のドレスを着ている。とても森に適した服装ではない。少し緑がかった黄色の髪はよく手入れされて光を反射し輝いている。明らかに高い身分のお方だ。
こりゃ少しまずいことになったかもしれん。
「姫、お怪我はございませんか!?」
女性の元に男三人が駆け寄ってきた。
おそらく兵士だ。なぜって金属製の鎧をつけているからだ。
鈍く輝くフルプレートアーマーだ。この世界ではまだ貴重な金属をたっぷりつかってる。こりゃ彼らもかなり上の身分だぞ。
もう一人の女性は駆け寄ってきて、姫と呼ばれた女性が立ち上がるのを手伝った。
姫と比べれば身なりは数段落ちるが、それでも平民より清潔な格好をしている。
侍女かなにかだろうか。
姫は手の平を兵士に向けるという動きで『大丈夫だからそのままで』という意思を示すと、俺に向き直った。
「このようなところでお目にかかれるとは思いませんでした。サトゥーレント様。わたくしは大王アレステティキファの娘、プラヴヴュイルにございます。以後、お見知りおき」
ほー。只者ではないと思ったが、大王の娘かよ。
いや、それよりも名乗っていないのに、なぜ俺がサトゥーレントだとわかったんだ?
「俺をご存知で?」
「先程の炎の魔法、あのようなことができるのはこの世でサトゥーレント様しかいらっしゃいません」
「あ、そういうことでしたか」
傷つけず追っ払うため、とはいえ精霊に頼んだのは悪手だったかもしれん。
助けた相手が相手だけに、予想外の結果をもたらすかもしれないな。
交渉を有利に進めるため、わざとゴブリンをけしかけ助けたフリをしたのだ、なんて深読みされたりな。
「ところで姫がなぜこのような場所に? 護衛の方も精鋭とお見受けしましたが、それでも危険ですよ」
「そうですね。わたくしが無理を言って視察に参ったのですが、認識が甘かったようです」
視察って言えば聞こえはいいが、お忍びで遊びに来たってところだろうか。
おしとやかな見た目に反して、おてんば姫かもしれんぞ。
「湖へ通じる道路は危険な動物が近寄りませんので、そこからあまり離れないようになさってください」
「かしこまりました。しかし、今回は火急の用がありましたので……」
そういうとプラヴヴュイル姫は桃色に頬を染めて口元を隠した。
あー、いわゆる『お花摘み』か? そうね、人間だからそういうこともあるよね。
「事情を存じ上げず、余計なことを申しました。それではけが人もいないようですので、これにて失礼します」
「あ! お待ちを! このままお礼もしないというわけには――」
「いえいえ。それには及びません。大王様によろしくお伝え下さい。それでは」
「しかし――あっ!」
俺はそのまま姿を消した。
堅苦しい言葉づかいが面倒になってきたからだ。
しかしまさか姫がいるとはな。
変な勘ぐりをされるくらいなら、礼としてなんか要求すべきだったかな?
とはいえ、もともと大王を治療して恩を売る、という期待も多少はあったから、そこまで気にする必要もないか。
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