第29話 それぞれの想い

「え? ええ!? 何を言ってるんだ!?」


 まさかそんなことを考えていたとは。

 前世なら大喜びだったんだが、今の俺は女など興味ないんだよ。何年、木をやってると思ってるんだ。


「ぜひ、サトゥーレント様の子種を頂きたく思っています」

「いや、俺に子種なんて無いって!」

「そ、そうなのですか!?」

「俺を何だと思ってるんだ? 木だぞ?」

「そんな……」


 下を向いてしまったアキレトは、肩を震わせていた。

 やがて、目からは雫が落ちる。


「すまん、アキレト。お前はエルフのいい夫を見つけて幸せになってくれ」

「いいえ。例え子を宿せ無くとも、どうか一生サトゥーレント様のお側にいさせてください」


 涙を流しながら、俺の目をじっと見つめてくる。

 強い覚悟を感じる。

 だがそれでは困る。


「それは駄目だ。アキレトは自分の幸せを見つけるんだ」

「サトゥーレント様とともにあることが、私の幸せです!」


 三か所の中継地点を作る計画だが、俺はいずれそこを拡張していって、里の飛び地として広げていって欲しいと思っている。

 そのためにも、アキレトのような若いエルフたちには家庭を築き、子を増やして欲しいのだ。

 余計なおせっかいかもしれないが、そうでもしないとエルフは人間に対し、数が少なすぎるのである。


 俺は少し思案し、どうやってアキレトを説得するか考えた。

 そして、少し声を落ち着かせて言った。


「アキレト。気持ちは嬉しいが、それは俺にとって迷惑だ」

「迷惑……」


 止まっていた涙が、再び溢れ出した。

 少し厳しい言い方だったが、これもアキレトのためだ。俺は心を鬼にした。


「俺はエルフにもっと繁栄して欲しいと思っているんだよ。そのためにもアキレトのような優秀なエルフにはたくさんの子孫を残して欲しいんだ。アキレトには特別な力がある。その力をアキレトの代で終わらせてはいけない」

「私に、特別な力が?」

「あるだろう? 忘れたのか? 精霊と対話できるのはアキレトだけなんだぞ」

「精霊様と……」


 そう。なぜかアキレトだけなのだ。

 これは俺にも理由が分からない。

 もしかしたら、彼女の子どもであればその力が遺伝するかもしれない。この仮説が正しいなら、なおのこと彼女には子孫をたくさん残してもらわねば困る。


「その力、必ずエルフのために必要になるだろう。だから、アキレトには子孫を残して欲しいんだ。できるだけたくさん、だ。それこそが俺の願いなんだよ」

「サトゥーレント様の願い……」

「応えてくれるか?」


 アキレトは暗い顔をしてうつむいてしまった。

 理屈は分かったが、感情では理解できない、そんなところだろうか。


「ま、すぐに結論は出さなくてもいい。考えておいてくれ」

「かしこまりました」


 急ぐ必要はない。まだ俺たちにはたくさんの時間があるんだ。

 すっかり暗くなった森の奥からは、群れをなしてくらす動物の遠吠えが聞こえてきていた。

 


 次の日、俺たちは特に問題なく歩を進めていた。

 危険な存在は避けているし、万が一出会ったとしても、森の中で俺に勝てる存在などいない。


 俺ほどでは無いにしても、エルフだって森での自衛手段は持っている。

 危機察知能力は高いし、素早く木を登り高所に逃れることができる。

 そして弓の腕は一流ときている。森では狩る立場だ。


 しかし、人間はか弱い。

 大人数でいれば強いが、個々の戦闘力は低い。固まって動けない森では弱者と言っていい。

 だから心配していたのだが、そんな不安が的中してしまった。


「あ」

「どうかいたしましたか? サトゥーレント様」


 アキレトは昨晩のことなど気にしない、という風にいつも通りに接してくれていた。


「モトス湖の人間のところにゴブリンが近づいているみたいだ」


 ゴブリンと言えば緑色で小型のモンスターであるが、この世界のそれはちょっと違う。

 どちらかと言えば知能の高い猿みたいな存在だ。ゴブリンを連想させたから俺が勝手にそう名付けたのだ。

 人型だが全身が茶色い体毛で覆われている。木を加工した棍棒を武器として使う。

 体格は小学生くらいなので一対一ならば人間が負けることはないだろうが、ゴブリンは集団で行動する。

 さらに仲間同士で簡単な言語を使い連携をとってくる。

 訓練された兵士でも油断ならない相手だ。


「そのようなもの、放っておけばいいのでは?」

「普段ならそうするけどなぁ。彼らは大王の関係者のようだ。今回は助けてやるとしよう」


 常ならば助けることなどしない。別に人間が憎いわけではない。

 ゴブリンたちだって生きるためにやっているのだから。

 俺は平等でいたい。だから、どちらかに加勢することはない。


「では、我らはこのまま進んでおりますので、ご遠慮なくお行きください。自分の身は自分で守れますのでご心配なく」

「大丈夫。もう行ってるから」

「そうなんですか? さすがです」


 もうとっくに俺の“分身”が現地に“顕現”している。“分身”を身に着けておいたことが、早速役に立つとはね。

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