第28話 二人の旅

 俺本体と分身一号から七号は、見た目にはまったく違いがないが、やはり少し力に差があるようだ。

 樹齢が違うからだろう。それでも分かれて作業ができるというのは画期的だった。


 俺がそんなことを試している間にも、マルルックとアキレトは里を出発し、モトス湖を目指していた。俺は瞬時に移動できるが、二人はそうはいかない。

 エルフにとって森は庭だが、さすがにモトス湖まで行くことは稀だ。二人は今後、幾度となく訪れる可能性があるため、道を記録しながら旅していた。


「直線で行けばこうだが、このあたりは危険だ。迂回したほうがいい」


 森には危険な植物や動物がおり、それぞれの生息地域がある。それをいたずらに侵してはいけない。俺はそんな場所へ二人が立ち入らぬよう、事前に教えてやった。


「途中に休憩できるところが欲しい。川や泉があるところがいいけれど」

「ふむ。となると、こことか、ここ、あとはここがよさそうだな。しかし、うーむ」


 親子で地図を眺めながら相談している。

 湖まで五日とすると、四泊する計算だ。あと一か所、いいところがない。


「ならば、この三か所を巡って四日で湖に行けるようにすればいいんじゃない?」

「できるのか?」

「道のりを整備すれば。一度、試してみたい」

「そういうことなら俺も協力しよう、里から体力のある奴を一人選んでくれ。そいつと一緒に、一度歩いて行ってみよう。なに、俺が一緒だから一人で大丈夫だ」


 俺がその場に現れて申し出ると、二人は焦りだした。アキレトは恐縮して言う。


「そのようなことでサトゥーレント様の貴重なお時間をいただくわけには……」

「分身できるようになったからな、その程度の余裕はあるぞ」

「ならば私がご一緒します。体力なら自信があります! それにサトゥーレント様がご一緒ならば危険などありません!」

「アキレトは体力無いほうだろ……」

「そ、そんなことはありません! それにサトゥーレント様と二人旅なんて素敵な権利を他の物に譲れません!」

「旅って、遊びじゃないっつの!」


 ったく、ときどき妙なことを言い出すな、アキレトは。


「しかしまぁ、アキレトがそこまで行きたいならいいか。アキレトが問題なく行けるなら、他のエルフはもっと余裕を持っていけるってことだしな」

「はい!」


 褒めたわけでもないのに、アキレトはいい笑顔になった。

 それはまた今度の話。今は道々に目印を付けながら進んでいく。

 素人にはただの森にしか見えないが、エルフにとってはここが道だとすぐ分かる、歩きやすい工夫がされている。

 邪魔な草を狩り、石をどけ、急坂にはツタをロープを代わりに垂らしたりしている。


「方角はどちらでしょうか?」

「このまままっすぐで良いぞ」


 本来、こんな深い森では磁石が無いと迷ってしまうところだが、俺には森の現在地など手に取るように分かる。

 そうして、迷うことなく順調に一つ目の宿泊地に到着した。

 アキレトが寝床を作り、マルクックが食事の用意をしている間、俺は水を汲んできてやる。

 そして、一日目の夜がやってきた。


 俺と入れ替わりに、アキレトは水場へ向かった。

 寝る前に一日の汗と汚れを落とすのは大事だよな。


「サトゥーレント様、いらっしゃいますか?」


 声がしたので俺は水場へ戻った。そこは子ども用プール程度の小さな泉だ。

 彼女は服をすべて脱ぎ、水で湿らせた布を使い体を拭いている。布は、そこまで吸水性が高くないので、白い肌はしっとり湿っている。

 俺が見ているというのに全裸になっても恥ずかしがらないのは俺が木だから、というわけではなく、エルフは男女問わず裸を見られることに抵抗がないらしい。そういう文化なのだ。


「周りは警戒している。心配するな」

「それは案じておりません。お疲れはありませんか?」

「俺に疲れなんてないぞ」

「さすがサトゥーレント様です。見張りは我らで交代して行いますので今夜はゆっくりお休みになってください」

「いや俺には睡眠もいらんのだ。ちゃんと見張っててやるから安心して寝ていいぞ」

「そんな! サトゥーレント様に見張りなどしていただくわけにはまいりません。それに夜は冷えますので、寝床で温まってください」

「それも大丈夫だって。木に寒さ暑さなんて関係ないっつの」

「ですが、その……ご迷惑でなければ私がこの体でもって温めます」

「なっ、何を言ってるんだ。俺も木とは言え、元は男なんだから滅多なことを言うもんじゃない。それに、俺と一緒じゃ落ち着かないだろ」

「そんなことはありません! むしろ、安心します!」


 なんだか妙に食い下がるな。

 ひょっとして、アキレトのやつ……怖いのか? ったく子どもじゃあるまいし。

 俺と一緒なら、危険な動物も寄り付かないというのに、何が怖いんだか。


「そういや、虫よけは塗らないのか? 体を拭いたとき全部落ちちまっただろ」

「あれは臭いますので」

「そりゃ、その臭いで虫がよってこないわけだからな。塗っておかないと夜のうちに虫に刺されるぞ」

「ですが、サトゥーレント様にご不快な臭いを嗅がせるわけにはまいりませんので」

「まったく不快なんてことはないから、気にしなくていいぞ。あと一緒に寝ないし」

「な、なぜです! 私がお嫌いですか!?」

「嫌いなわけないだろ」

「それでしたら……私は覚悟はできておりますので」

「覚悟?」

「はい。私ももう、成人です。いつでも子を宿す準備はできております。無論、父の許可も得ております」


 ん? なんだか妙な流れになってきたぞ?

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