第27話 マルチコア

 俺の本体は一体の巨木である。

 高さも太さも、もはやどれくらいあるか自分でも分からない。

 東京タワーくらいはあるんじゃないか?

 少なくとも把握できる範囲に俺より大きな木はない。


 それがいわば、俺の頭脳のようなものだ。

 周りの木々は、俺の手足である。


 と、思い込んでいた。


 これは俺がもともと一人の人間だったことによる、先入観だった。俺は根本から違う存在になったのだと理解すべきだった。

 これが壊れたきっかけは、エステルとの念話だ。ラメエル一家もエフルたちも眠ってしまった夜中のことである。


(サトゥーレント、分身したいって?)

(エステルか。その話、聞いてたのか)

(うん。てか、分身ならできるんじゃない?)

(え? どうやって?)

(サトゥーレントの周りにいっぱい木が生えてるじゃない。まだ若い木には無理だろうけど……大きな木なら、それぞれかなりの力があると思うよ。やり方はうまく説明できないけど)


 本体の周りの木々は樹齢千年クラスのものがいくつもある。前世の世界なら御神木などと言われそうな木々だ。


(例えばさ、虫の中には大きな巣を作るものもいるでしょ? 不思議だよね、言葉もないのにさ。全体として一つの目標に向かって動いてる。でも、それぞれの虫は独立してるんだ)


 この世界にもハチやアリのような習性を持った虫たちがいる。自分自身の何倍もある大きな巣を作るのが特徴だ。

 言われてみれば、なぜあんなことができるのか不思議だ。


 そこにこの課題をクリアする何かがある。そんな気がしてきた。


(まてよ。ひょっとするとこれはマルチコアのCPUみたいなもんなのかもしれんな。ならマルチタスクだってできるんでは?)

(どういう意味?)

(あ、気にしないで。俺にイメージしやすいように言い換えただけ)


 馴染み深いものに例えれば、理解しやすいってわけ。地味だった俺の趣味と言えばパソコンくらいだったのだ。

 まずは本体に最も近く、樹齢千年を超えた七本の木を、それぞれ別の自分として考えてみよう。

 これらを自分の脳として使えるならば……うまく行けば、オクタコアのCPUだぜ!



 などと目標ができてテンションが上ったのはいいものの、ここからはしばらく難航した。

 実際に分裂したことなんてないのだからしょうがない。

 まずはぐっと数を減らし、自分が二人になるところからイメージする訓練を始めた。

 十日かけて少しずつ、イメージを固めていく。


 もう少しでなんとかなりそう、と思ったとき、俺はふと、鏡に写った自分を想像してみた。

 鏡なんてこの世界に転生していらい、ひさしく見ていない。

 思い立ったが吉日、俺はすぐさまモトス湖に“顕現”した。

 人間が作った大王の治療所を見るついでだ。


 ちょうどよく快晴で風もなく湖面は穏やかだった。

 人間が作った桟橋の先へいき、四つん這いになって湖面を覗いてみた。

 そこには、あのイケメン俳優の顔があった。


(うお! そうだ。この顔なんだよな)


 我ながら再現度が高い。うまくできている。

 しばらく自分自身の顔をうっとりと見てしまった。

 前世では自分の顔なんて見るのも嫌だったけどなー。身だしなみのために仕方なく見る以外には鏡なんて近寄りたくもなかった。


(お前は誰だ?)


 なーんて鏡像に向かって言ってみた。

 これをやると良くない、なんて話も聞いたことがある。

 なんでダメなんだっけか?

 知らない人が映っているように感じるとかなんとかだっけ?

 それ言ったら、俺の場合本当に他人が映ってるようなもんだけどな。


 そこで俺は顔を上げ、目の前の空間に、あのイケメン俳優がいるとイメージしてみた。

 直前に湖面を見ていたのが良かったのだろう。そのイメージはたやすくできた。

 すると、本当にそこにもう一人の俺が“顕現”していたのだ。


(あ、できたわ)


 同時に右手を上げてみる。

 鏡ではない証拠に、お互いに右手を上げている。

 その右手を差し出し握手してみた。確かに触っている感覚がある。

 自分の右手と左手を組んだのとはちょっと感じが違う。

 お互いに、振り返ってみた。


(なんだ、この感覚!)


 正面と後ろを同時に見ているかのような、この感じは説明しがたい。

 車のバックミラーとも違う。テレビのワイプみたいに別窓が開くのとも違う。

 それぞれがちゃんと正面を見ている。


 ここからはしばらく訓練を必要とした。


 二人の俺が互いに見えないところまで動いてみたり。

 それぞれが細かい作業をやってみたり。

 最初は多少の混乱はあったものの、徐々に慣れていった。


 これは不思議な体験だった。

 それぞれが別々に思考しているのに、その思考を共有しているのだ。

 マルチコアとはこういうことか。


 かなり自由自在に動かせるようになってから、さらに数を増やすのは早かった。

 それぞれがまた鏡合わせのように、分裂すればいいのだ。

 ただし、八人までが限界のようだった。

 これ以上はイメージがぼやけてしまって固められないのだ。


 これで、同時に多数の作業を抱えられる。

 この能力、前世であれば!

 なんてことも思ったが、俺はこの世界も気に入っている。


 今度は絶対に、あのような戦争は起こしてはいけない。人々が争い、無駄に命を散らすあんな世界は二度とごめんだ。

 俺はそんな決意を新たにしたのだった。

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