三章
第25話 交渉の場
俺は事の次第をエルフの里で説明した。
長のマルルックは暗い顔をして聞いている。苦悩からか、眉間には深いシワが見える。
どうも思うところがあるようだ。
「どうだ? この条件でのめないか?」
「いえ。サトゥーレント様のご命令であれば、我らは従うのみです」
「いやいや。これは命令じゃないんだ。何か問題があるなら言ってくれ」
「では、お言葉ですが……」
マルルックは横目で里の者たちを見て、それから俺に向き直った。
その顔は、覚悟を決めた、という男の表情だ。
「我らエルフは、やはり人間を心の根からは信用できませぬ。すでに森に火を放つという大罪を犯しているのです。大王の命などどうなろうと構いません。わざわざ貴重な森を人間たちのために切り開くなど、ここにいる者全員が反対するでしょう」
エルフたちはざわめく。多くは長に賛同する声のようだ。
「気持ちは分かる。だが、俺としては大王を治してやる代わりに、この森を侵攻しないという条約を結ばせるつもりだ。それで納得できないか?」
「失礼ですが条約、とは何でしょう?」
「んー、国同士の固い約束、ってことだな」
「そのようなもの、奴らが守るとは思えません。いざとなれば、平気で反故にするに違いありません」
「条約を破るというなら、それはいよいよ戦争ということになるな」
エルフたちの声がさらに大きくなった。
いつでもやってやる、人間を滅ぼせ、という過激派もいるが、戦争はよくない、犠牲がでる、という穏健派もいるようだ
俺がそのざわめきに負けないよう、大声を出すために大きく口を開き、言った。
「どうせこのまま放っておけば、いずれ戦争になるだろう。だったらそのまえにまずは一度、人間を信じてみないか? 人間も森に攻め入るのは危険だと、今回のことで思い知っただろう。俺も森を守るためならば協力は惜しまないし、人間に遅れを取ることもない」
一同は静まり返る。
それぞれに思いはあるだろう。
この中には直接、人間から危害を加えられた者もいるのだ。逆に人間を追い払うため、脅すような真似をしたエルフもいる。
まだ小さな火種とはいえ、このまま放っておけば、いずれそれは大火となる。
今回の出来事は、両族の関係性を見直すいいきっかけになったかもしれない。
一同の視線はマルクックへ集まっている。
長はどう判断するか、次の一言に注目されているのだ。
「サトゥーレント様がそうまでおっしゃるのなら、人間を信じてみましょう。しかし、その建物ですが、この里からはなるべく離していただけますと幸いです。奴らがどのような手を使ってくるか、分かったものではありませんので」
「その場所の選定を、皆にも考えてほしいんだ」
俺はそこらに落ちていた木の棒を拾って地面に地図を書いた。
ざっくりとしたシズナシ大陸の図だ。エルフたちは森には詳しいが、その外にはまるで興味がない。俺はエルフに使いを頼み、大陸地図を手に入れている。その知識が役立った。
「これがシズナシ大陸だ。ここが大王のいる場所ナトミクー、ここが森。この里はこの辺りになる」
人間の首都、ナトミクーからずっと南西に行ったところ、亀の首の中央あたりにオポウラ山を中心とした大森林がある。エルフの里はその南部にある。
「でしたらここからかなり北になりますが、モトス湖の周辺はいかがでしょう? 水場が近いほうが何かと便利かと」
モトス湖はオポウラ山の北、やや西よりにある。山の麓にある五大湖の一つだ。
ナトミクーからのほうが距離はあるが、あちらは道中のほとんどが平地だ。対し、エルフは森を進むことになる。いくら森に慣れている一族とは言え、ここからだと足の早いものでも五日はかかるだろう。
「俺は構わんが、皆はどうだ? かなり遠いぞ」
「このくらいは離れておりませんと、安心できません」
「んー、ま、こちらもだいぶ無理を言っているからな。皆が反対でないのなら、ここで決めようか。どうだ?」
ひそひそと話す声が聞こえたが、反対はない、というより。それで妥協しよう、というような空気が流れている。
「よし。無いのならこれで話を進めるぞ。人間との話は俺とマルクックで進めるので、皆は普段どおり生活してくれて構わない。困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ」
去っていくエルフたちの背中を見送りつつ、残ったマルクックとアキレトに言った。
「二人には治療に立ち会ってもらおう。治療が終わったら、条約の調印式をするからな。マルクックはエルフ代表として挨拶の一つでも考えておいてくれよ」
「あ、挨拶ですか!? あまり自信はありませんが……」
「ハッハッハ! マルクックが焦るなんて珍しいな。あ、それとエルフはちょっと人口を増やすように。ちょっと人間に対し少なすぎる。里が小さければ広げるなり、さっきの施設との間に新たな里を作ってもいい」
「人口、ですか……」
「ラメエルももう子供がいるんだ。エルフは寿命が長いからか、子供を作るのが遅すぎるよな。アキレトもそろそろ年頃だろ? どうだ?」
「わ、私はサトゥーレント様に身も心も捧げております!」
アキレトは顔をリンゴのように真っ赤にして、叫ぶように言った。
そんなもん、捧げてもらっても困るんだが。マルクックと俺は目があうと、互いに深い溜め息をついた。
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