第24話 ホワイトドラゴンの力
「ホワイトドラゴンだ! ホワイトドラゴンが出たぞ!」
兵が口々に叫んでいる。
ん? ホワイトドラゴン……?
ああ、またエステルが人間を驚かすために化けたのか?
しかしこの冷気は……。
「久しいな、森の王よ」
この内蔵が震えるような低音ボイス……声の方を見れば、なるほど確かにホワイトドラゴンがいた。
真珠のように白く輝く鱗に身を包み、燃えるような赤い瞳でこちらを見ている。
大きさはちょっとしたビルくらいはある。
なによりこの佇まいは偽物には出せないものがある。
「まさか本物か」
「おや、我のことを忘れてしまったか?」
「なわけないだろ。知っての通り記憶力は良いんでね。こんなところで見かけるとは思わなかったもんでな」
「うむ。なにやら下界が騒がしいと見てみれば、人間どもが集まって森を燃やしておるようなのでな。火消しに一肌脱いでやろうと参じたまでよ」
「それは助かる。精霊の力でも苦労しそうなんでな」
ホワイトドラゴンとは古い付き合いだ。
どうも聖域は彼にとっても重要らしい。体を癒やす場であるらしく、傷ついた時などに訪れるのだ。数百年に一度程度の頻度であるが。
「ただ、人間には危害は加えないでほしい」
「ん? なぜだ? 火を消すにしても、その元凶から断つ必要もあると思うが?」
「大丈夫、もうそんな気力は残ってないよ」
兵士たちは完全に戦意喪失していた。
ホワイトドラゴンの姿を見て、腰を抜かしている者、逃げ出した者、神に祈る者、様々あれどもはや火を放つなどという命令はすっかり忘れてしまっている。
「では少し寒いと思うが、まぁ許せ」
ホワイトドラゴンは口を大きく開くと白いブレスを吐いた。
超低温の凍てつく息だ。そのブレスが触れたところは空気中の水分が一瞬で凍り、それが光を反射してきらめいている。凍る時には焚き木が爆ぜるような音を発していた。
ホワイトドラゴンは首をゆっくり動かし、炎を舐めるかのようにブレスを移動させていく。
ブレスが通り過ぎたところの炎は消し飛ばされ、その炎の出処となっていた木々は瞬時に白く凍りついてしまった。
その光景を、呆然と立ち尽くして見ているのはイェクンだ。がくんと膝を折り、地面につけると剣も手から離れ、地面に落ちてしまった。
「イェクンよ。さっきの話の続きをしようか」
俺が声を掛けると、イェクンは顔をゆっくり俺に向けた。
その目にはもはや生気がない。信じられないような光景を立て続けに見たのだ。その気持はなんとなくわかる。
ちょっとかわいそうになってきた。
「話、だと……我らを滅ぼすというのか?」
「いや、んなこと言ってなかっただろうが。王を治してやろうって話だよ」
「これほどの力を持ちながら、なぜそんなことを。なんの利がある?」
「俺たちも、なにも人間と事を構えようって気はないんだ。こっちは攻めないから、そっちも攻めないでくれ、ただそれだけのことだよ。まずは王を治療して、詳しくは王と話したいんだが」
「王をそのような危険な目に合わすわけには――」
「だがこのままでは近いうちに王は死ぬ。だろ?」
イェクンは押し黙り、何かを考えているようだ。
「具体的には、どうすればいい?」
「お、信じる気になったか? 治療なんだが、俺は残念ながら森から離れることができない。よって王に来てもらう必要がある」
「だからそれは危険だというのだ」
「しかしなぁ。俺が行けるならそうしたいんだが。俺は森そのものだからな。動くことができんのよ」
イェクンは再び口を閉じ、手を顎に当てて考えだした。
彼もホワイトドラゴンの出現には肝を冷やしたようだが、だんだんと落ち着いてきたようだ。伊達に死線をくぐり抜けてきたわけじゃないってことか。
「ではこうする。治療するための場所を作らせてくれ。我らはそこに拠点を築き、安全な道を作る。治療にあたる間、その周りを警護させてもらう」
「かまわんけど、時間がかからないか? 王が死んでしまっては困る。生き返らすことはさすがに無理だからな」
「なんの。我らが力を合わせればその程度、三日でやってみせよう」
んー、エルフの説得は必要だが、その辺が落とし所か。
「ま、そういうことなら場所作りは任せるよ。俺が行ける範囲ならばどこでもいい」
「治療にはどれほどかかる?」
「治療自体はすぐに終わるよ。だから長期滞在は考えなくてもいい。すぐに元気になって動けるはずだ」
「本当に、信じていいんだな?」
俺は一つうなずくと、右手を差し出した。この世界でも有効な友好の握手である。
イェクンはいやいやながらも握り返してきた。まずは一歩前進、といったところか。
「話はまとまったようだな?」
「おう、ホワイトドラゴン。消火してもらって悪かったな」
「我も森が燃えてしまっては困るのでな。報復するのなら人間の居城を凍りつかせてみせるが?」
「いやいやいや! んなことしなくていいって!」
「わっはっは! 冗談だ!」
コイツ、こんな冗談言う奴だったのか。
イェクンがビビって真っ青な顔になってるじゃねぇか。これほどの男でもこんなになっちまううんだから、やっぱドラゴンの威圧感ってのは半端じゃないね。味方で良かったわ。ったく。
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