第23話 黒の騎士イェクン

 自身が間抜け面を晒していることに気づいたのか、イェクンは激しく左右に首を振った。


「お前が噂に聞くサトゥーレントだと? 普通の人間にしか見えんが? おっと、まだ名乗っていなかったな。我は王国第一師団、師団長イェクンだ。それとも黒の騎士と言ったほうが分かりやすいか?」

「師団長殿のことは知っているよ。ここじゃ茶も出せんが、まずは話でもしよう」

「茶はともかく、もう少しまともな服は無いのか?」


 イェクンは俺の全身をジロジロ見ている。その目はゴミでも見るかのようだ。

 服はエルフの物を参考にしているが、実は服などイメージでどうとでもなる。

 これも力で“顕現”させているものだからだ。


 イェクンの服装からみて、古いヨーロッパ風の衣装なら納得してもらえるだろうか。

 んー、となるとあのRPGに出てきた貴族っぽい服とかどうかな。

 俺は青いナポレオン・ジャケットに白いパンツ、という服を変えてみせた。


「じゃ、これでどうだ?」

「なっ! 面妖な……妙な奇術を使いおって。それでエルフどももたぶらかしているというわけか」

「奇術じゃないんだけどな。ま、なんでもいいや。それより話の続きをしよう」

「話? 貴様などと話すことはない。勝手に森の主などと名乗っているようだが、この大陸はすべて大王、アレステティキファ様のものである。よって、貴様は王に対し反逆した重罪人だ。このイェクンが一騎打ちにて葬ってやろう」


 イェクンは腰の剣を抜いた。両刃のロングソードだ。

 切っ先を俺に向け、重心を落とす。

 やれやれ、無駄なんだけどな。


「どうした? まさか丸腰で来たのか?」

「見ての通り、武器はない。よもや師団長殿が戦意の無い者に斬りかかることはあるまい?」


 俺は両手のひらを見せるようにして両手を広げた。

 武器も敵意も無い、そう示したつもりだ。

 だが、イェクンは警戒を解く様子がない。


「おおかた暗器でも使うのだろう。その手には乗らん」


 言うやいなや、俺に向かって突進してきた。かなりの早さだ。

 両手で振りかぶると、俺の右肩から左脇腹にかけて剣を振り下ろした。

 これを初見では避けるのは難しいだろう。

 普通の人間ならばこれで終わっていたはずだ。

 言うだけあって剣の腕は確からしい。


 剣先は5センチほどの深さで肉を切り裂いた。

 血を吹き出し、前のめりに倒れる……のが普通なんだろうが、俺は血の一滴も出すことはない。


「お見事。けど、無駄だよ。俺には効かない」


 俺は切り口を即座に塞ぎ、服も修復してみせた。

 イェクンは目を見開く。


「馬鹿な! 手応えはあったはず。何をした!?」

「治したんだよ。偵察部隊の傷も治してやったんだが、報告は受けてないのか?」


 イェクンはじっと俺を見据えたまま、なにか考えているようだ。


「信じられないなら、好きなだけ斬ってかまわんぞ、ほれ」


 俺は両手を広げたまま、イェクンに歩み寄った。


「その言葉、後悔するなよ?」


 イェクンは腰を落とし、居合のように剣を構えた。

 俺は無防備に突っ立っていたが、黒い影が横切った、と思ったら地面が頭の上に乗っかった。

 切り落とされた首が、脳天から地面に落ちたのだ。


「いや、お見事」


 俺は即座に、切られた首から頭を生やしてみせた。落ちた頭は長さ50センチほどの枝に変わっている。切り落とされると木に戻ってしまうらしい。


「う、この化け物が!」


 イェクンの剣は俺の右腕を跳ね上がりながら切り落とし、そのままそれを振り下ろしながら右肩から左脇腹まで刃を移動させた。

 俺の胴体が、斜めにずり落ちていく。

 こういうふうに竹を切る動画を見たことがあるが、人間の胴はそう簡単に切れないはず。それを実際にやったのだから、やっぱコイツ、腕は確かだ。


 もちろん、俺にとってはどうということはない。体の一部には違いないが、爪や髪を切られたようなもんで、痛覚を遮断してしまえば痛みも感じない。

 下半身の方から上半身を生やす。切られた部分は丸太に変わっていた。


「そろそろ信じてもらえたかな?」

「……」

「無言は肯定と考えるぞ。俺は大抵の怪我や病は治すことができる。王の病気も治せるはずだ」

「偵察隊から聞いてはいたが、なぜ王のご病気のことを知っている!? 知るものは僅かなのだぞ」

「こっちにもそれくらいの情報源はあるってことだ」


 その時、頭に衝撃があった。

 鈍器でぶん殴られたのかと思ったが、そうではない。

 ようやくこの騒ぎに気づいた兵から矢が飛んできたのだ。

 頭に一発で当てるとは、いいエイムしてんなぁ。


「待て! これは一騎打ちだ! 手出し無用!」


 いや、イェクン。遅いよ。普通なら今ので終わってる。

 俺は何事もなかったかのごとく、矢を握って引き抜こうとした。

 しかし、矢尻の返しのところがどっかに引っかかってなかなか抜けない。

 片手では無理そうなので、両手を使ってグリグリ回しながら引っ張ったらようやく抜けた。

 イェクンはじめ、兵士たちはその様子を青ざめた表情で見ていた。


「化け物……」

「化け物はひどいなぁ。ま、これで俺が普通の人間ではないことはおわかりいただけたかな?」


 見ると、イェクンの顔は脂汗でじっとり湿っている。

 剣先も細かに震えているようだ。

 ちと、脅かしすぎたか?


 そのとき、周りの空気が一変した。

 雰囲気の話じゃない。気温がだ。

 まるで真冬のように凍てつく風が辺りを包んだのである。

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