第21話 偵察部隊

 エルフの里には樹齢百年超えの大木が何本もある。

 そうした大木の幹にくっつくようにエルフたちの住居はある。

 大体、地面から10メートルほどの高さだろうか。

 家々は吊り橋でつながっている。

 それ以外に地面に半分、埋まっているような家もある。こちらは冬用の住処で、初夏の今頃は倉庫として使われている。


 見上げると、広場にいる俺たちをエルフたちが興味深そうに見下ろしていた。

 見世物になっちまってるのはしょうがない。

 だが、ここで俺が荒っぽいことをすれば、エルフたちにも良くない影響を与えるだろう。

 いかに友好的に話を進めるか、それが問題だ。


「偵察部隊、ねぇ。ということは、一人ではないってことか」


 偵察部隊だという人間は、あからさまに気まずい顔をした。

 こいつ、ひょっとしてアホなのか?


「他の仲間はどこにいる?」

「いない。俺一人だ」

「嘘を付くな! 人間が!」


 男のエルフが恫喝するのを俺は手で制した。


「どうした? 殺すなら殺せ。薄汚いエルフどもが!」

「コイツ!」エルフは腰のナイフに手をかけた。

「待て! それはこの男の思う壺だぞ」


 拷問されるくらいなら、死んだほうがマシ。そう思っているのかもしれない。

 もちろん俺は拷問する気も殺す気もないんだが。


「落ち着いて話をしよう。ここに来た目的は?」

「ふん。言うと思うか?」

「不老不死の妙薬か? 大王も病で大変らしいな」

「な、なんのことだ!?」


 大王が病だなんてことは一般国民にはふせられている。

 そんなものが知られれば、国が混乱してしまうだろうからな。

 にしても隠し事が下手な偵察だ。


「大王の病、治す方法があると言ったらどうする?」

「なに!? 本当か?」


 語るに落ちるってやつだが、ま、そこはツッコまないでやろう。


「ああ。ただし、薬ではない。俺が直接、施術してやる必要がある。大王を森まで連れてくるんだ。できるか?」

「大王様をこんな危険な場所に連れてくるだと? そんな手に乗るか!」


 来てくれれば話は早いんだがなー。そうもいかんか。


「では、俺がただの人間ではない、という証拠を見せようか。お前の仲間な、四人いるようだな」

「なっ? い、いや、俺は一人だ!」

「隠すな、無駄だ。にしても良かったな、見捨てられてはいないようだぞ。近くで様子をうかがってる。隙あらば奪還しようって感じかな」

「殺すなら殺せ! 俺に仲間などいない!」


 男が急に大声を出すので驚いた。

 そっか。近くにいるであろう仲間に、自分を見捨てて逃げろと知らせているのか。

 なかなか仲間思いの男じゃないか。


「だからー。殺しゃしないっての。仲間も連れてこよう」

「そんなものいないと……うっ!?」


 偵察の男は声をつまらせた。

 ツタでグルグル巻にされた人間が四人、上からスルスルと垂れ下がってきたからだ。

 四人とも、偵察男と同じような革鎧に身を包んでいる。

 それぞれが鍛え上げられた肉体をしており、ひと目でただの民間人でないことが分かる。


「ほれ、彼ら、仲間だろ?」

「な、どうやって……」

「これで俺が人間じゃないってことが分かったかな?」

「クソ! エルフの魔術か!」

「いや、だから俺の力だってのに。じゃ、これでどうだ?」


 俺は仲間の四人を地面まで下ろしてやり、ツタも解いてやった。

 一目散に逃げ出す……ということはせず、周りを警戒しつつ縛られた男を中心に円陣を組んだ。

 全方向に目を向けられるようにだろう。


「そこの君。ケガをしているようだな」


 俺は一人の男、金髪のロン毛を指さした。

 枝かなにかで引っ掻いたのか、右の上腕から出血している。

 ロン毛はこれがどうした、と言うような視線だけ返した。


「見ていろ。ほれ、塞いでやったぞ」


 これくらいの切り傷、内蔵を治療してやるより簡単だ。

 瞬間的に“同化”し、正常な状態に戻す。瞬きするほどの時間もかからん。

 ロン毛は腕の痛みが消えたことに気づいたのだろう。

 傷があったであろう場所の血を左手で拭う。

 そこには綺麗な肌があるだけだった。


「な、治っている」


 ロン毛がようやく口を開いてくれた。なかなかの色男だが、声も低くて渋い。


「その程度の治療など、この通り造作もないというわけだ。大王も連れてきてくれれば、治すことができるだろう」

「危害を加えないという保証はあるのか」


 縛られた男が言う。どうも彼はリーダーのようだ。

 まともに会話する気があるのは彼だけらしい。


「保証、というか、そんなことをしたってこっちに利がないだろう。人間を敵に回すだけだ。それよりも、友好関係を築きたい。大王を治す代わり、この森をそのままにしてほしい。不可侵条約だ。それを結んでくれるなら治す。そう伝えてくれないか?」

「分かった。俺では判断できないから、上に報告する。まずはこの縄を解いてくれ。あと、武器も返してくれるとありがたい」

「武器は森を出るまで預かっておく。そこまでエルフが送っていくから心配するな」


 俺の話を信じたのか、それとも逃げ出すために信じたふりをしたのか。

 逃げられたとて、別に損はない。あとは運を天に任せるとしよう。

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