第20話 大王アレステティキファ
季節はもう春だが、夜になると森はまだ肌寒い。
子供たちは遊び疲れ、もう眠ってしまった。
焚き火に火をくべ、アキレトが入れたくれた茶をすする。
揺らめく火が、ラメエルの顔を照らしている。
炎を見つめる目には、少し疲れが見える。
「あの……サトゥーレント様はどうされるおつもりなんでしょうか?」
意を決したようにそう言うラメエルはどこか申し訳無さそうだ。
彼女には一切、非はないのだが、人間代表として責任を感じているのかもしれない。
「やはり、戦うしかないのでしょうか?」
アキレトは神妙な顔つきで言う。
これまで俺から言われた通り人間と争うことは避けてきたが、彼女をはじめエルフは基本的に人間を嫌っている。
向こうが来るなら迎え撃つまで、そう考えても不思議ではない。
「いや、いつも言ってるように、人間と争ってはいけない。平和的に解決するんだ」
「しかし、どのように? 大王が話し合いに応じるとは思えません」
「大王が欲しているものは分かっているんだ。それをチラつかせればいい」
「不老不死ですか? それはさすがのサトゥーレント様でも、不可能なのでは?」
「うん。だけどそれに近いことはできる」
「てかさぁ。そんな大王とか殺しちゃえば?」
「ひっ!」闇から急に聞こえてきた女の声に、ラメエルは驚き悲鳴を上げた。
「エステル、物騒なことを言うな」
空中を滑るように青白い光が動き、俺の目の前にくると背に羽の生えた女の子の姿になった。
「そっちのが簡単でしょ」
「例え大王を殺したとしても、新しい王が即位するだけだよ。根本的な解決にはならない」
「ふーん。面倒くさいね」
「殺すよりも、友好関係を築いたほうがいい。俺は森から出ることはできない。アキレト、マルルックに言って大王と会談する手筈を整えてくれ。大王がエルフの里に来てくれればいいんだが、それは無理だろう」
「おおせのままに」
さて、あとは大王をうまく説得できるかどうかだが……マルルックの話術に期待していいのだろうか? アレも人間嫌いだしなぁ。
※※※
アレステティキファは鉛のように重い体を無理やり起こした。
こんな風になったのはいつからだったか、まだぼんやりしている頭でそんなことを考える。
医者や薬師は役立たずだった。
侍女が水を持って側にやってきたが、手で拒否の意を示す。
その手は骨に皮がおおいかぶさっているだけ、というような細さだ。
大王はまだ四十六だが、その顔は深いシワが刻まれ、六十を超えていると言われても誰も疑わぬだろ、うというほど老けてしまっている。
「まだか?」
大王は苛立ち、独りごちる。
知らせはまだ来ない。
体調は日に日に悪化しているというのに、何をもたついているのか。
すると大王が目覚めるのを待っていたかのようにドアを叩く音が響いた。
「入れ」
大王のか細い声を聞き、侍女は大きな二枚扉の片方を引いた。
入ってきたのは精悍な顔立ちをした、黒い鎧に身を包む男だ。
「大王様。体調はいかがでしょうか?」
「良いように見えるか?」
落ち窪んだ瞳でギロリとにらみつける。その眼光はまだ鋭さを失ってはいない。
鎧の男は少し動揺したが、すぐに頭を下げ、非礼を詫びた。
「失礼いたしました。お休みのところ恐縮ではありますが、部隊の準備が整いましたこと、ご報告に上がりました」
「ずいぶんと時間がかかったな。報告など良い。とっとと森へ進軍するのだ」
「かしこまりました。必ずや、不老不死の妙薬、探してまいります」
「期待しているぞ」
深く頭を下げ、踵を返した鎧の男、師団長イェクンは大王の寝室を出ていった。
(あれでは長くないな。急がねば)
早足で歩きつつイェクンは考えた。
大王の様態は日に日に悪くなっている。
ゆっくりしている暇はない。
しかし、巨大になった組織というのは小回りが効かなくなるものだ。
(先に送り込んだ偵察部隊が何か見つけてくれればいいのだが)
イェクンは大きくため息を吐いた。
期待はしていない。
これまで何度か森に偵察を送っているが、その多くは帰ってこなかった。
あの森は普通ではない。近寄ってはならない。それが森の周辺に暮らす人々の常識だ。
今回送り込んだのは選りすぐりの精鋭だ。
大王の命でなければ、あの優秀な若者たちを森などへ送りはしなかった。
(せめて、生きて帰ってきてくれ)
城の窓から遠くに見える森を、イェクンは目を細めて見た。その森はずっと遠くにある山にまで綿々と続いていた。
※※※
報告を受けた俺は、エルフの里へ向かった。
自分を広げた俺は今や、祠ではなく、里に直接“顕現”できるようになっていたのだ。
「何だ? これは」
荒い縄で両腕を後ろ手に縛られ、地べたに膝をついた男が里の広場にいた。
エルフたちがそれを取り囲んでいる。
「我らの様子を探っていた人間にございます」
男の側に立つ、エルフの若い男が言った。
「あ、あんた人間か? 助けてくれ!」
縛られた男はただの狩人や木こりには見えなかった。
革製の鎧を身に着けているし、体は鍛え上げられている。
「残念だが人間じゃない。俺はサトゥーレントという。この森の……まぁ、なんていうか主とか言われている」
自分で言っていて恥ずかしくなってきた。
でもそう言われてるんだからしょうがない。
「お、俺は大王様直属の偵察部隊の者だ! こんなことをしてただで済むと思うな!」
あー、やっぱりそうか。
こりゃ面倒なことになったな。
俺は痒くもない頭を掻きむしった。
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