第19話 大王誕生

 祠にいたのは案内のアキレトの他、ラメエルとガデイラ、そして見知らぬ子供が二人だ。

 病気の子供でも連れてきたのだろうか。


「お久しぶりでございます。サトゥーレント様」


 ラメエルが挨拶して頭を下げる。その目尻には少し小じわが出始めた。彼女ももう、アラフォーだっけか。

 それにガデイラが続くが、子供たちはあっけにとられた、という顔で口をぽかんと開け、俺を見ている。

 急に眼の前に“顕現”したもんだから驚いたんだろう。そりゃそうだ。

 それに気づいたガデイラが、無理に子供たちの頭を押さえつけた。


「ほら! お前たちもご挨拶しなさい!」

「いやいや、構わないよ。それよりその子達は?」

「はい。我ら夫婦の子供です。こちらが長男のイスラガル。こちらが長女のアナエルです」

「えっ! 君ら、結婚したの?」

「実は、そうなんです。ご報告が遅れまして、申し訳ございません」


 ラメエルは赤く染まった頬を両手で押さえるようにした。


「そっかそっか。そりゃめでたいな。で、今日はそれを言いに来たのか?」


 と、和やかだったムードが一変した。

 真剣な顔つきになったラメエル夫婦は、互いの顔を見合わせ、一つ頷く。

 少し声のトーンを落としたラメエルが話し始めた。


「実は、人間の国で大きな変化が起きたんです。これまでこのシズナシ大陸には多数の小さな国家があり、それぞれを国王が治めていました。それらの国々を一つにまとめた国が誕生したのです。王は自らを大王と名乗りシズナシ大陸の統一を宣言いたしました」

「うん、それは知ってるよ」


 ここまで大きな話であれば、エルフも他人事ではないし、当然俺の耳にも入る。


「やはりご存知でしたか。大王の名はアレステティキファ。非常に強欲な男です」

「大丈夫かぁ? 大王のことをそんな風に言って」

「もちろん聞かれれば処刑されるでしょう。しかし、本当のことです。アレステティキファ大王は大陸の全てが自分の領地だと宣言したのです。すなわち、この大森林も含め、です」

「何だと!」


 それを聞き、声を荒らげたのはアキレトだ。

 エルフは人間の争いには関わっていない。当然、勝手に領地にされるいわれはないと思うだろう。


「まぁ落ち着け、アキレト。人間が勝手に言っているだけだ。森に手を出すなら追い返せばいい」

「それなのですが……大王は大森林の情報を求めています。サトゥーレント様が人間の病を癒してくださった、ということに非常に興味を示しているのです」


 時の権力者というものは、いつもそうだ。

 全てのものを手に入れたとき、人の欲望は収まるかというとそんなことはない。

 最後に求めるものは決まっている。


「おおかた不老不死になりたいとか、そんなことだろう?」

「おっしゃる通りです! さすがはサトゥーレント様」

「そんなもんはないよ。命あるものは必ずいつか死ぬ。そう言ってやれ」

「もちろん、私も言いましたが……必ずある、隠しているのだ、の一点張りで。私もガデイラも王国の要職にありましたが、そんな王に辟易いたしました。それで辞職し、この付近の村に越してきたのです。ここで静かに余生を送りたいと」

「そっか。そういう事情だったんだな」


 余生というには二人ともまだ若いが、この世界の人間の平均寿命は五十くらいなのだ。

 それに、夫婦二人ともが要職についてたってんだから、もう働く必要もないほど十分に稼いだんだろう。

 田舎でスローライフってわけだ。ザ・成功者って感じだな。


「ですが、王都にいる親しい仲間から、不穏な知らせが届きました。大王が大森林の大規模調査を計画しているというのです」

「なに? 大規模ってどの程度の規模だ?」

「そこまでは……。しかし、一個師団くらいは送ってくると思います。どうやら王が病に侵され、焦っているらしいのです」


 まいったな。

 この世界の一個師団の規模は分からないが、ざっと一万程度だろうか。

 その人数が森に入り込むなど、エルフたちが黙っていないだろう。

 恐れていた事態がついに起こりそうだ。


「よく知らせてくれた。あとはこっちで考えるよ」

「はっ。この程度のことしかできず、申し訳ございません」

「いいんだよ。それより、子共たちが退屈してるだろ。お腹空いてないか? なんか食べるか?」


 女の子のアナエルはまだ三歳くらいだろうか。驚いてラメエルの後ろに隠れてしまった。

 男の子のイスラガルは五歳くらいか。指を咥えて俺を見上げている。


「ほら。新しく作った森の果物、モモだぞ。食べてみるか?」


 その実は桃に近い味がするのでモモと名付けた。

 見た目は黄色で柔らかい皮に包まれている。皮は手でも剥けるので食べやすい果物だ。


「こうやって皮を剥いて。食べてみな?」


 イスラガルに手渡すと、モモを恐る恐る一口かじった。

 とたんに、顔がパァッと明るくなる。


「あまーい! こんなの初めて食べた!」

「おっ。元気がいいなぁ。ほらアナエルもおいで」


 美味しそうに実を頬張る兄を見て、アナエルも興味を示したのだろう。

 ラメエルのスカートの裾を掴みながらも顔を覗かせた。

 剥いてやった実を差し出すと、そのままパクリとかじりつく。

 言葉は発しなかったが、おいしかったのだろう。母の顔を見て、可愛らしい笑顔を見せた。


 さて、こんな幸せ家族を守るためにも、これからどうするかを考えねばなるまい。

 こんな日がいつか来るだろうと、考えていたこともあるにはあるのだが……。

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