二章

第17話 オルタイト

 あれほど注意したというのに、またしてもラメエルが森へやってきたらしい。

 アキレトから連絡が入った。俺はいつものように祠に“顕現”する。


「そんなもの、エルフたちで追っ払っていいぞ。ケガはさせないように。穏便にな」

「いえ、それが……どうしてもサトゥーレント様にお渡ししたいものがあると、供物を持参しております」

「それは殊勝な心がけ、と言いたいところだけど欲しいものなんて無いんだよな」

「それが、なにかとても自信がありげでして。ご飯に合うもの、と言えば伝わるはず、と」

「何!? ご飯に合うものだと!?」


 森で手に入る物であれば、俺は一通り試している。

 淡水魚を使った魚醤も作った。生臭さはあるものの、それなりのものはできている。

 しかしだ、どうしても海でしか手に入らない物がたくさんある。


 魚は、海にはもっと豊富な種類がいるだろう。

 加えて昆布、海苔、わかめなど海藻類。貝類にカニやエビ。イカやタコなんかもある。


 果たしてそれに似たものがこの世界にもあるだろうか。

 これまでの経験からいって、ある可能性は高いと思う。なんたって米があるんだし。

 ただ、今の人間の技術では、生でここまでは持ってこれないだろう。

 あー、寿司が食いてぇなぁ。


 ともかく、海産物だとしても保存のきく何か、だろう。

 あるいはこの世界オリジナルの物かもしれん。

 くっ! 俺は食う必要なんてないのに、よだれが出てきやがった。


「分かった。祠まで案内してやってくれ」

「おおせのままに」


 ※


 やってきたのはこの間の五人パーティーだ。

 俺の姿を見るや、四人の男どもはブルブルと震えだした。一方、ラメエルは落ち着いている。

 一番弱いのに、あの余裕は何だ?


「サトゥーレント様。ご拝謁に賜り、恐悦至極にございます」


 一歩前に出たラメエルはそう言ってひざまずいた。後ろの四人もそれにならい、頭を垂れた。

 それにしても、人間がこんな難しい言葉を発している、ということに驚きを禁じえない。

 俺は長年かけて、知っている言葉をエルフに伝えてきたが、それがさらに人間まで、正しく伝わっているようだ。このことからもエルフの知性の高さがうかがえる。


「そんな堅苦しくならなくていいよ。それで、今日はいったい、何の用?」

「はっ。ガデイラさん、アレをここに」


 ガデイラはリーダーだと思うんだが、まるでアキレトの従者のようだ。

 背負っていた背嚢を下ろすと、中から茶色の布でできた包みを取り出した。

 包みの紐をとき、開くと中からは木で出来た丸型の容器がでてきた。

 アキレトはそれを受け取ると、蓋を開けた。

 それを見た途端、アキレトは血相を変えて護身用のナイフを抜いた。


「き、貴様っ! なんてものを!」

「待てっ!」


 俺は今にも飛びかかりそうなアキレトの前に腕を出し、それを制した。

 あぶない、あぶない。


「しかし! このような汚物をサトゥーレント様に差し出すなど、愚弄しているとしか思えません!」

「汚物なんかじゃありません! これは、我が国が新たに作った調味料です!」


 容器に入ったそれは、茶色いペースト状の何かだった。

 俺は近寄り、それを指ですくって一口、口に入れてみた。

 アキレトは悲鳴に近い声で俺の腕にすがりついた。


「サトゥーレント様! おやめください!」

「うん。これは味噌だな!」


 もしやと思ったが、間違いない。

 この口に広がる風味。これは味噌だ。

 なんと懐かしい味だ。

 この見た目でアキレトが勘違いしたのも、まぁしょうがない。


「ミソというのでしょうか? 我らはオルツという豆を使って作っているので、これをオルタイトと呼んでいます」


 そのオルツとやらが、大豆に近い豆なんだろう。

 それを加工して味噌を作り出すとは。

 考え出した人間に賞でもあげたいくらいだ。


「人間はオルタイトをどうやって食べているんだ?」

「野菜につけて食べたり、あるいは煮物の味付けに使ったりします。例えば、こちらにありますのが、魚をオルタイトで煮込んだ料理でして、これがご飯とたいへん合います」


 今度はイニアエスが容器を取り出した。

 そこには何かの魚の味噌煮らしき料理が入れられている。

 これを見せられたら黙っていられん。


「アキレト、ご飯を用意してくれ!」


 ※


 エルフたちの米を炊く技術もなかなかなものになっている。

 器に入れられた白飯からは湯気がたち、米粒がまるで輝く細長い真珠のようだ。

 その上に、一切れの煮魚を乗せ、一口分のご飯とともに口に入れる。


 この魚がサバだったら完璧だった。

 しかし、この魚もなかなか美味い。知っている中で近い魚はタラだろうか。

 ご飯と魚の味を味噌が引き立て、口中で絶妙なハーモニーを奏でている。


「美味い!」

「ありがとうございます!」


 ラメエルはホッとしたのか、やっと笑顔を見せてくれた。

 他の四人も互いの顔を見合い、白い歯を見せた。


「よし。ラメエル。これができるならオルツで醤油も作れるはずだ。それを研究して欲しい。それと、海には海藻があるだろう? それを干して乾燥させたものも欲しい」

「かしこまりました。そ、それで、あの……その、不躾ですがこちらからもお願いしたいことが」

「うん。何だ?」


 ただもらうだけで何もなし、というわけにはいくまい。

 極力、彼らの願いを聞いてやるつもりだ。

 だが、ラメエルの言葉はちょっと予想外のものだった。

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