第16話 越冬
季節は秋。木々は葉を赤や黄色に染め、やがて散っていく。
次に来るのは冬だ。
何度も経験している冬だが、ここ数年はちと、事情が違う。
人などの姿に“顕現”することを覚えたからだ。
木であれば、暑さ寒さはとくに感じない。
しかし“顕現”すればきちんと五感がある。
俺は久々に、寒さというものを思い出すことができた。息が白み、鳥肌が立ち、小刻みに震え、取り込んだ空気で肺が冷たくなる、この感じだ。
エルフにとっても冬の越し方は重要事項だ。
一つ間違えれば死人が出ることもある。
それでもかつてに比べ、今は保存食を十分に作る技術、燃料の確保、住居や衣服の工夫により、だいぶ楽になったそうだ。
保存食は用意できているとはいえ、余裕があるにこしたことはない。
俺の考案した干しガキはかなり喜ばれた。
「サトゥーレント様の偉大さが、さらに皆に広まっております」
動物の毛皮を使った防寒具に身を包み、祠の冷たい床にひざまずいたアキレトが言う。
「ひと目、サトゥーレント様のお姿を拝みたいという者が続出しておりまして、断るのに難儀しているしだいです」
「そういえば、アキレト以外のエルフは全然来ないなと思ってたんだ。なんで断るんだ? 祠まで来られるなら来てもらってかまわないぞ?」
「だ、ダメです! そんな! この神聖な場所に軽々しく来られては……」
「俺としては、もっと気軽に来てもらいたいけどな。色んなエルフたちのことを知りたいし」
そう言ってもアキレトは何か納得がいかないようで、小声でブツブツなにか言っている。
口をとがらせている様は、すねている子供みたいだ。
「とにかく、帰ったら他のみんなにそう伝えてくれよ」
「ダメです! サトゥーレント様は私だけの……」
「私だけの?」
「なっ、なんでもありません!」
アキレとは背を向けてしまった。
彼女がこんなに逆らうなんて初めてのことだ。
考えてみれば彼女は唯一、俺と会話できるということで巫女として地位を得ていたのだ。
その優位性が失われることを恐れているんだろう。
気持ちは分かるがなぁ。アキレトを通じてではなく、直接対話できるほうが早いんだが。
背中からではアキレトの表情は見えない。
思えば、彼女にはだいぶ、無理をお願いしてきた。
この祠が最たるものだ。
エルフは自分たちの生活で手一杯のはずだ。
彼らがむやみに人口を増やさないのはそこに理由がある。
それなのに、祠を建てろ、などと言われてみろ。
中には俺やアキレトをよく思っていない者もいるんじゃないか?
そんな中、アキレトの発言力を弱めるようなことをすると、そういう者たちに反乱するきっかけを与えることにもなりかねない。
彼女もそういうことを恐れているのだろう。
俺もそれは望むところではない。
「分かった。でも、長のマルルックくらいはいいだろう?」
アキレトはくるっと反転し、パッと明かりが灯ったような笑顔を見せた。
「ええ! 父ならば問題ありません!」
「うん。じゃ、今度は連れてきてくれよな」
このあたりが落とし所だろう。
アキレト一家の力が強くなりすぎることだけは、警戒しなければならないけれど。
不公平から民衆に不満が溜まり、いずれば膨らみすぎた風船のように破裂する。
それが争いの起きるパターンの一つだ。
同族で争いが起きるようでは、人間との争いだって当然起きてしまう。
※※※
大森林では、冬でも雪が降ることは稀だ。
人間の姿になって分かったが、寒さは俺のいた日本の関東地方くらい。
よほどのことがなければ、凍死することはないだろう。
動物たちの中には冬眠するものもいる。
小型の動物はあまりしないようだ。
鳥たちは姿を消す。恐らく温かいところへ移動しているのだろう。
マルルックは二百代の中年男性だ。少し緑がかった金色の髪は肩の辺りまである。エルフは男でも髪を伸ばすのだ。冬場ということもあり、あまり洗髪していないのか、髪はツヤがなくゴワゴワしている。その間からはエルフ特有の尖った耳が突き出ている。目は大きく、瞳は緑色。これはアキレトにそっくりだ。
「エルフの長、マルルックにございます。平素は我が娘が――」
「そんな堅苦しくならなくていいよ。こうして話すのは初めてだね。マルルックと呼んでいいのかな?」
「もちろんでございます。サトゥーレント様」
「俺もサトゥーレントでいいぞ」
「お戯れを。我らの命の源、大森林の主であらせられるサトゥーレント様をそのようにお呼びすることができましょうか」
マルルックはかしこまっているのか、ずっと片膝を地面に付き、右手を胸にあてている。
俺はそんな指示をしたおぼえはないぞ。誰が考えた作法なのやら。
「エルフの村の果樹園はどう?」
「ご教授いただいたとおり、森を切り開き、果樹園を作成いたしました。今年の分の収穫は終わりましたが、また来年は豊かな実りが期待できるかと」
「うんうん。宝赤は人間との取り引きに使えるレベルだと思うよ」
「それなんですが、やはり人間との交流は必要なのでしょうか?」
「うん。ぜひ米を手に入れて欲しい。それだけでなく、人間から学べることは学ぶといい」
「まさか、我らが人間から学ぶことがあると?」
マルルックは信じられないといった様子で目を泳がせている。
やれやれ、長からしてこういう認識なのだからな。
やはりなんとかして彼らの考えを改めさせねばならないだろう。
これには俺の想像以上に年月がかかってしまうのだったが、二つの種族の生活はそれから徐々に変わっていったのだった。
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