第15話 品種改良

 それは、いわゆる品種改良というやつだ。

 もちろん、農家でもない俺にそんな経験はない。

 バイオだとかそういうのとは無縁の人生を送ってきた。


 ただ、なんとなく果物の糖度を上げる方法は分かっていた。

 土の成分もあるんだろうが、実は日当たりが重要らしい。

 陽の光を浴びた物の方が美味しくなる。


 そして、俺自身が、甘くしようと考えると、実際にそのようになってくれるのだ。

 これも能力なのかもしれない。

 高いところの実を取ろうとしているうちに首が伸びた、みたいなものかもしれない。

 仕組みは分からないが、とにかくそうなるのだから利用しない手はない


「それと、木材だな。それこそ売るほどあるわけだし」

「そんな! 樹木こそ森の礎ではありませんか! 我らも木を切る際には特に慎重になっているのです。それこそ、身を切るような思いで、最低限、必要なだけしか切っていないんですよ」

「そうなんだけどな。でも間伐はやったほうがいいらしいぞ」

「間伐とはなんですか?」

「生えすぎてる木を適度に伐採するってこと。あまり木の密度が高すぎてもよくないらしい。下まで日光が届く程度に切った方がいいと聞いたことがあるぞ。今までは木を切ったところでその使いどころが無かったから俺も何も言わなかったけどさ。これからは人間に売ったらいいんじゃないかな」

「それは……しかし……」

「その方が俺も助かる、そうみんなには説明してくれ」


 エルフにとっちゃ、森は命の源だからな。

 神聖視するのも理解はできる。

 ただ間伐については、やったほうがいいと思う。

 森に歪んだ木が多いのは、たぶんそのせいだと思うんだ。

 まっすぐに伸ばすには、適度なスペースと日当たりがあった方がいい。


 ※※※


 俺はただちに、品種改良に取り掛かった。

 さらに、人や鳥に“顕現”することで、糖度の高い者同士を意図的に交配させる。

 あとはその繰り返しだ。

 さらに、聖域の奥にしかない、珍しい品種を外縁部に移植した。

 これもそのままでは甘さが足りないので改良を加える。

 しかし、満足のいく結果がでるまで早くとも十年はかかりそうだ。

 たった十年、と言ったほうがいいかもしれない。

 千年以上生きている俺からしたらそんなもの、一瞬だ。


 俺が最初、リンゴに似ているな、と思った果実は、今やほとんど俺の知るリンゴになっていた。

 これも俺の思いが影響しているのかもしれない。

 赤く色づいた実を一つもぎ取って、ひとかじりしてみた。


「うん。美味い」


 噛んだ瞬間から果汁が溢れ出し、口の中を潤してくれる。

 甘さも十分、これなら売れる、というレベルになった。

 あとはこれを大量生産するだけだな。


「アキレトも食べてみな」

「では、失礼して……これは、確かに甘いです」

「あとはエルフの果樹園でこれを生産して欲しい」

「かしこまりました」

「名前はどうするかなー」

「名前ですか? サトゥーレント様がリンゴと呼ばれていたので、我らもそのように呼んでいるんですが」

「ああ、そうじゃなくて、リンゴの中でもこの品種につける名前だよ」

「品種、ですか」

「そうそう。これをエルフの里の名産とするんだ。そのために、他のリンゴと区別する必要がある。ブランドってやつだ。その効果は……まぁ、やってみれば分かるよ」

「サトゥーレント様がそうおっしゃるのならば」

「で、なんかいい案はない? 例えば“紅玉”とか“ふじ”とか」

「私はサトゥーレント様のお考えに従います」

「いやいや、これはエルフのものだから。エルフの代表としてアキレトが決めて欲しい」

「私はエルフの代表などでは……」


 アキレトは激しく首を右左に振っている。

 頬はこのリンゴのように真っ赤だ。

 これは……否定しているようで実は喜んでいるとみた。もうひと押しだな。


「頼むよ。アキレトしかいないんだ」

「そう、ですか。サトゥーレント様がそこまでおっしゃるのならば……」

「うんうん。そこまで気負わなくていいから。軽く考えて」


 アキレとは右の手のひらを頬にあて、顔を軽く右へ傾けた。

 瞳を閉じ、眉間には軽くシワがよっている。

 しばし後。その小さな口を開いた。


「では、赤い宝と書いて“宝赤ほうせき”というのはどうでしょう? 赤はもちろんこのお色から。そして、これは森の宝だと思うんです」

「おお! いいよ! いいじゃないか!」


 褒めると、今度はほっぺただけでなく顔全体を赤くするアキレト。

 人間なら中年という年齢だが、エルフとしてはまだ幼いってことを再認識する。


「リンゴ以外の果実もうまくいくといいですね!」

「それなんだがな、あのカキあるだろ?」


 俺は赤紫色をしたナスのような形をした実を指さした。割ると中心には白く丸い種が無数にある。

 柿とは似ても似つかないのだが、実の味と食感が柿と近いため、カキと名付けたのだ。


「カキはまだ、甘みが足りないですね」

「うん。だから、干してみたらどうかと思う」

「干すのですか? 肉のように?」


 エルフは冬備えとして保存食を作る。主に干した肉だ。

 干し肉を作れるのだから、干しガキもいけるだろうと思ったのだ。

 二週間ほどたったあと、その考えが正しかったことが証明されることとなる。

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