第14話 力の均衡
岩塩の発見から数ヶ月。
エルフの里から岩塩の取れる採掘所までの輸送ルートの整備も終わった。
これで安定して塩が供給されるだろう。
塩はエルフたちの食生活をずいぶん豊かにしたようだ。
それまではただ生きるために食べる、という感じだったが、美味しいものを食べるという発想が生まれたのだ。食文化の誕生である。
今まで焼いて食っていただけの肉も、塩をかけるだけで旨さが引き立つと知れ渡っていった。
ただし、塩を取りすぎるのはよくない、とも言っておいた。
エルフの体の構造については“同化”したことで理解している。ほとんど人間と同じと言っていい。つまり人間にとって悪いものはエルフにとっても同様ということだ。
米は、実のところ俺が独り占めしたいという欲にかられたのだが、エルフにも分け与えた。
これも作戦のうちだ。
米の旨さを知れば、また欲しくなる。そうなれば人間から手に入れるしか無い。
おのずと交流が生まれるだろう、というわけだ。
きっとエルフたちも人間の価値を認めるに違いない。
エルフたちに必要なのはアップデートだ。
彼らは未だに、自分たちは人間より上の存在だと思いこんでいる。
エルフは長命であり、それによって蓄えた個人個人の知識量はたしかにすごい。
しかし、時間の流れが穏やかなせいか、どうものんびりしている。
変化を嫌う傾向もある。
俺の予想では、文化レベルはすでに人間に抜かれているだろう。
この数百年のあいだに、人間側になんらかのブレイクスルーがあったんだと思う。
それなのに、エルフは大昔の人間のイメージから脱却できていないんだ。
そして単純な、数の問題。
特別な場合を除き、エルフ達は夫婦一組につき多くても三人までしか子を作らない。
数が増えすぎれば、環境を破壊することになると分かっているからだ。
それに対し、人間は五人以上の子を作ることも普通らしい。
ただし、そのうち半分程度しか成人まで生きられないという。
近くの村でも人口は二千程度あり、大きな街は数万はいるようだ。
エルフは人口五百人程度。
数の暴力で攻めてこられたら……想像するのも恐ろしい。
力の均衡が必要だ。均衡が崩れれば、戦争が起きる。
俺はしばらくエルフ側につくことに決めた。
※※※
俺からの言葉を聞いたアキレトは驚きを隠しきれず、大きな目を何度もまばたきした。
「米を、ですか? しかし、あれは森では育たぬ植物です」
「うん。だから、人間たちから手に入れて欲しい」
「しかし、盗むのは危険があります。一族の身を危険にさらすわけには――」
「ちょ! 待て待て! なんで盗むんだ?」
「そうするより他、方法がございません」
「いやいや! 何かと交換するとか、あるだろ?」
「交換、ですか。一族同士であればそのようなこともありますが、人間相手となると、反対意見が出ると思います」
「そうだろうな。だから、俺の名を出していい」
「それで反対を押し切ったといたしましても、交換するものがあるでしょうか?」
「人間が欲しがるもの、ということだな。何も思い当たらないか?」
アキレトからいくつか案を出してもらう。
森で採れる果実、狩りて捕れる動物の肉や皮、あとは手先が器用なエルフが木を彫って作る民芸品などが挙げられた。
「果実はちょっと、問題だよな」
俺は祠に捧げられた果実のうち、赤くて丸い実を取って一口かじった。
うん。不味い。
りんごに似た実だが、硬いし、酸っぱい。
他にも柿に似たものや柑橘類っぽいのもあるが、渋い、硬い、酸っぱいのオンパレードだ。
「ダメ、ですか?」
「まぁなぁ。恐らく人間は改良してもっと美味しい物を作っていると思うぞ」
「まさか、人間が!?」
「それくらいしててもおかしくないな。これなら肉のがまだマシだ」
「しかし、動物は森からいただく大切な命。おいそれと人間に渡すわけには参りません」
エルフは動物を必要以上に狩ることはしない。
絶滅させてしまうことを防ぐための知恵だろう。
「民芸品は物を見てみないとなんとも言えないが、まずは生活必需品からだろうなぁ。いずれは価値をもってくるだろうけど、すぐに交換に応じてくれるとは思えない」
「となると、やはり果実ではないでしょうか」
ここで、俺は今まで気にはしていたが、どうせ分かりっこないので考えないようにしていたことを思い出した。
それは、俺は一体何の木なのか? ということだ。
木は木でも、明らかに普通の木とは違う。
森の聖域の中心にある最も太い木。
これは森とともに成長し、すでにとんでもない高さと太さになっている。
恐らく、これが俺の本体みたいなもんだろう。
それから森が広がっていく過程で、俺は数々の種類の木を取り込んできた。
それを、俺は“同化”と呼んでいた。
俺以外に、そんな力を持っている木は、今のところ見たことがない。
“同化”した木々は、元の性質を失うわけではない。そのまま俺の一部として存在している。
針葉樹や広葉樹、様々な実をつけるもの、すべてが俺である。
この性質をどうにか利用できないか? そんなことを思いついた。
それにより、画期的な方法を編み出したのである。
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