第12話 これも米のため
眼の前の地面に矢が突き刺さり、男は驚いて後ろに飛び下がった。
遅れて背筋を冷たいものが流れ落ちる。
「ひっ! ま、待ってくだせぇ!」
森の中で弓矢を使うのはエルフしかいない。
彼らの腕なら歩いている人間に当てるなど造作もない事だ。
つまりこれは警告である。
男はどこかからか、こちらを見張っているだろうエルフに向かって声をかけた。
敵意はない、そう示すために仲間には武器を下ろすよう、身振りで合図を送る。
すると森の奥から声が聞こえてきた。野太い男の声だ。
「この先は人間の立ち入っていい場所ではない、立ち去れ」
木々により反響しているため、声の発生源がどこなのか分からない。
「い、い、いや、我々はサトゥーレント様にお礼の品を持ってきたんでやす」
「サトゥーレント様に? なぜお前がサトゥーレント様の御名を知っている?」
「先日、この命を救っていただいたからでやす!」
マルルックはアキレトの顔を見た。
彼女は一つ、うなずいた。あれは、この間さらってきた娘の父親だと認めたのだ。
何しに来たのかと思えばそんなことか。武器を持っているのも危険な森を進むからだろう。まったく、驚かせてくれる。
アキレトは深く大きく息を吐いた。
そして、マルルックの代わりに今度は彼女が声を出した。
「サトゥーレント様は本来ならば貴様たちがお会いできるような御方ではない。あの時、お姿をお見せくださったのは異例中の異例なのだ」
「あ! そのお声は、あのときいらっしゃった方では?」
アキレトは無言を返した。
「なら、せめてこの品を、俺らの代わりに届けてはくれやせんか? もしダメなら、エルフの間で食ってもらっても構わねぇんで」
「わかった。荷物を置いて立ち去るがいい」
※※※
てなことがあったらしい。
祠で人間に“顕現”した俺は、腕組みし、アキレトからの報告を聞いていた。
外には、男エルフが数人がかりで持ってきた荷物が積まれていた。
「で、あれがそのお礼の品ってわけね」
「はっ」
「んー、欲しいもんなんて無いんだが、せっかくだし、見てみるか」
麻のような植物を編んで作られた袋がいくつかある。
その一つの封を解いてみた。
「ん? これは……」
中にあったのは、たくさんの粒だ。
手ですくって、間近で見てみる。色は少し茶色だが、このかたち、これは米粒によく似ている。一粒つまみ、噛んでみた。口中に広がるこの甘み、米で間違いない。
なんと人間は、すでに稲作をはじめていたらしい。ってか、あるのか、この世界にも米が!
「おおおお! 米じゃないか!」
「コメ? それはいったい、どのようなものなのですか?」
「ふむ。森には無いから、アキレトが知らんのも無理はないか。そういう植物だ。うまいぞ」
「食べ物ですか。何かの種子かと思いました」
「種子であり、食べるところなんだ。穀物っていうんだけどな。いやー、米かぁ、久々に食ってみたいな」
木となってからは食べる必要が無かったので食欲もないのだが、米が目の前にあるとかつての思い出が蘇ってくる。
やっぱ日本人のソウルフードよなぁ。
ちなみに“顕現”した体なら食事もできるし、先程やったように味も感じる。消化して栄養吸収もできているはず。そのまま人間でいればいずれ排泄もするだろう。その前に木に戻ってしまうとその必要はなくなるらしく、したことがないのだけど。
「これはサトゥーレント様への捧げ物にございますので、どうぞお召し上がりください」
「どうぞって言われてもな。炊かないとな」
「炊く、とはどのようなものでしょうか?」
「炊くってのは釜に入れて……いや、釜なんてないか。んー、人間たちはどうやって食べてるんだ?」
待てよ。エルフが米を食わないことは人間も知っているはず。
ならば、米だけでなく、調理器具も一緒に持ってきたのでは?
その推測は当たった。
調べてみると、捧げ物の中に鉄鍋があったのだ。釜があればベストだったんだが、おそらく彼らはこれを使って調理しているのだろう。それにしてもこれほどの金属加工の技術まであるとはな。
人間、恐るべし。
「うーむ。人間はここまで進んでいたか。エルフもうかうかしてられんぞ」
「まさか。我らが人間に後れを取るとおっしゃいますか」
「うん。いや、エルフたちは人間を下に見てるけどさ、言ったように俺も元は人間なんだ。人間の凄さも分かってるぞ」
「それは伺いましたが、ありえないことです。我らエルフは人間より先にありました。そしてサトゥーレント様はさらにその前よりこの世界にあらせられたはずです」
「んー、説明が難しいなぁ。この世界と別の世界があるんだよ。俺はそこで人間だったんだ」
「理解しかねます」
「ま、無理に理解しなくてもいいや。それより、米を炊こうぜ」
俺はアキレトたちに手伝ってもらい、三本の太い枝を使って鉄鍋を吊るすための三脚を作った。
組み合わせた頂点の部分から丈夫な木のつるを使い、鍋を吊るす。火を起こすのが面倒だが、それは精霊の力を借りればいい。
あとは『始めちょろちょろ中ぱっぱ』ってやつだ。アウトドアで一度だけやった飯盒炊爨の知識が役立った。
そろそろ頃合いか、というところで、俺は鍋のフタを開けた。
白い湯気が立ち、あの懐かしいごはんの香りが漂ってきた。
少し黄色っぽいけど、玄米に近いからだろう。精米についてはまだまだ向上の余地がありそうだ。
炊きあがるまでに木の枝を削って作った箸を使い、一口食べてみる。
「~~!」
ちょっとくさみがあるが、これはごはんだ!
感動のあまり、手が震えてしまった。
こうなると、ごはんに合うものが欲しくなるなぁ。
「アキレト。決めたぞ。これからはもっと人間と交流するんだ」
「し、しかし、それは……」
「これは俺の命令だ。里に帰って皆に伝えること。いいな?」
「は、仰せのままに」
ふふ。初めて偉そうに命令なんてしちまったが、これも米のためよ!
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