第11話 精霊の加護
は? はあああぁぁ?
俺は一瞬、思考が停止してしまった。
(どどどど、どういうことだ!?)
「エルフの里の近くまで人間どもが来ています。数は正確には不明ですが二十ほど」
俺はすぐアキレトのいる祠へ“顕現”した。あれ以来、人などの姿になることを“顕現”と呼ぶことにしたのだ。
「二十人ならなんとかなるだろ。武装はしてるのか?」
「武器を持っているという報告があります」
「まさか、この間の報復、じゃないよな? きちんとあの親子は返したのか?」
「ご命令通り、無傷で送っております」
「なら恨まれるようなことはないはずだが。接触したのか?」
「いえ。それはまだです」
「なら目的はまだ分からないか」
俺は森からあまり離れることはできない。
一度、鳥として“顕現”して、限界まで飛んでみたことがある。
聖域から出てしばらくすると、意識が薄くなっていき、ついには途絶えてしまった。
その距離はおそらく“感覚共有”と同じ。俺の力が及ぶ範囲は決まっているらしい。
体も消えたと思う。
ということで、俺はエルフの里までは行くことができない。
里は外森の中にあるからだ。
「アキレト。まずはエルフ達に、人間に危害を加えないように言ってくれ」
「はっ。しかし、あちらから攻撃された場合は、反撃してもよろしいのですか?」
「それは……」
迂闊だった。
そこまで考えが及んでいなかった。
このような事態を想定し、どう対応するか事前に決めておくべきだったのだ。
「防衛のためならしょうがない。ただし、殺さないこと。無力化し、拘束するまでだ」
「そのように伝えます」
「まずは対話を試みてくれ。相手の要求を引き出すこと。それが分かったら、また報告してくれるか?」
「承知いたしました」
※
アキレトは急ぎ、里へ戻った。
彼女の帰りを今か今かと待っていたのは、父であり、里の長であるマルルックである。
娘からの報告を受けたマルルックは、腕組みし、唸った。
「ううむ。どうもサトゥーレント様は人間に甘いようだ」
過去、エルフと人間との間に小さないざこざは何度もあった。
種族としての寿命が短く、森での生存能力も低い人間たちを、エルフは見下していた。
身体的なことだけではない。エルフは知能も高く、サトゥーレントから教えられた言葉を人間に伝えたのも彼らである。
下に見ている存在が、自分たちの庭で好き勝手やりはじめているのだ。
彼にとっては面白くない。
「サトゥーレント様はお優しいのよ」
笑顔でそう言うのは、母、マーレトだ。
顔はアキレトと瓜二つ。髪を短くしているのと、目元に出始めた小じわがなければ見間違えてしまいそうだ。
「人間と何を話すことがあるのか。どうせ森を荒らしに来たに違いない」
「少し脅かしてやればいい。どうせ逃げ出すだろう」
「痛い目を見させてやれ。二度と入ってこようと思わないようにな」
親子三人を取り巻くように集まった里のエルフ達は、口々に意見を言った。
多くは人間に否定的であり、攻撃的だった。
いつもは穏やかなエルフ達が、目を血走らせ、口角泡を飛ばし、激しく大声を上げている。
それを見て、アキレトは背筋を冷たくした。
サトゥーレントが争ってはならないと言う意味が、少し理解できた気がしていた。
「サトゥーレント様のお告げの通り、対話を試みます。私がエルフを代表し接触しましょう」
「いや、アキレト。あちらの目的がわからぬ。危険だ。長として私が行こう」
その会話を聞き、エルフ達はまた意見を言い合う。
「ならば、うちの子を連れて行ってくれ。弓の腕なら里でも一番だ」
「俺も行こう。男手は多いほうがいいだろう」
「巫女や長に何かあってはならん。俺も行こう」
ざわつく者共を、アキレトは手を一つ打ち、鎮めた。
「大勢で行くのは、相手を威圧してしまいます。私と父、マルルックの二人で参りましょう」
またしても周りの者たちは「だめだ、危険すぎる」などと言って騒ぎ出した。
「ご安心ください。私には精霊様のご加護があります」
その一言で、不気味なほどに静けさが戻った。
それほど、アキレトの言う精霊の加護にはエルフを畏怖させるものがあった。
その力を使い出したのは、アキレトが精霊と通じてからしばらく後のことだ。
ある日、森で火事が発生した。
エルフ達が気づいたときは手遅れだった。
森林火災はすでに自然に消火する規模ではなくなっていた。
火の手は里に近づいていた。このままでは里を捨て、逃げるしか無い。
(僕がなんとかしてあげようか?)
その時、エステルが放った一言に、藁にもすがる思いだったアキレトは、飛びついた。
その光景を、目にしたエルフ達は生涯忘れることはないだろう。
突如発生したどす黒い雨雲が、火災場所の上空に集まり、そこを狙って集中豪雨を降らせたのである。
無事、鎮火したものの、あれは一体何なのか、エルフ達には理解の及ばぬ何かに彼らは感謝したが、同時に畏れも感じた。
巫女であるアキレトに質問が殺到した。
「精霊様のお力です」
彼女はそう答えた。
精霊の圧倒的な力、それを彼らは精霊の加護と呼ぶようになった。
以来、その精霊の加護は幾度も里を災いから救ったのである。
巫女アキレトには精霊の加護がある。たかが人間にどうこうできるものではない。彼らはアキレトたち二人を信頼し、全てを任せることにした。
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