第9話 人間奉納
事件が起きたのは、アキレトとの初の会話から十八日後のことだった。
「サトゥーレント様。我が呼びかけにお応えください」
祠からアキレトの声が聞こえてきた。
俺は意識を祠へ集中させた。
(どうした? アキレト)
「サトゥーレント様。お久しゅうございます。本日は、以前話しましたモノを奉納いたしたく、参りました」
(話した? なんだっけ?)
「森を荒らす動物です」
(ああ、例の)
確かに、彼女以外に祠の中になにかいるようだ。
小型の生き物の気配がある。
ただ俺は、動物の目を借りないと見ることはできない。
そこで俺は、アキレトと“感覚共有”してみることにした。
目の前に木の台があって、花や果物などが置いてあるのが見えた。
供物みたいなもんか? どうせ食えないんだし、いらんのだが。
(アキレト。そいつを見てくれ)
アキレトはゆっくり横を向いた。
まず見えたのは両手。おお、こりゃまるっきり人間の手だ。
足も見えた。体毛は無い、つるつるだ。
そして顔。これは……完全に人間だ。異世界だと思っていたが、ここまで同じように進化するもんなんだろうか。
長いライトブラウンの髪を三つ編みにしている。目はクリっとして愛らしい顔だが、表情は怯えている。
それにしても小さいなぁ。
(これは子供じゃないのか?)
「はい。成体は我らと同程度の大きさゆえ、さらいやすい子供を連れて参りました」
さらうって君……。さらっと危ういことを言うんじゃない。
エルフたちは冬場は動物の毛皮を使った衣服を使い、凍える寒さから身を守っていた。
夏場は柔らかい繊維の草を、頭と腕を出すための穴をあけた袋の形に編み、それを頭からすっぽりかぶり、腰に縄を結ぶという格好をしていた。
それと比べると、この子はちゃんとした生地を使った服を着ている。
なんの繊維を使っているかは知らないが、この細かさは織り機を使っているに違いない。
こりゃ人間の文化レベルは思ったより高いぞ。
もはや、敵に回すのは非常に危険な存在だと言わざるを得まい。
それにしても子供とはな。今頃この子の親は大騒ぎしてるだろう。穏便に済ませることができるだろうか?
(この子と直接、話ができればな……)
(できるでしょ?)
エステルだ。物珍しさで見に来たか。
「大精霊エステル様。これが、以前話した動物でございます」
(大精霊……?)
(ふふーん。僕は特別だからね。サトゥーレントと直接話せるんだから)
前々から思ってたけど、エステルってちょっと自意識過剰なとこあるよな。
確かに他の精霊と違うところはあるけどさ。
(直接話せるってのはどういうことだ?)
(僕もその気になれば、肉体を得ることができるんだよ。こういうふうに)
空中を漂っていたエステルの光がうにうにと動き、人の形になったと思ったら、色がついていき、その子と同じ姿になった。
「よっ、っと。どう?」
「ひっ! ふぇえええ!」
突如、目の前に自分そっくりの人間が出てきたのだ。
その子は驚いて泣いてしまった。
(泣いちゃったじゃないか。というかそれ、どうやるんだ?)
「サトゥーレントは動物たちに入れるでしょ。なら、その体がどうなってるか、もう分かってるはず。あとは……そうだなー、なりたいって思えばなれるんじゃない」
(ざっくりしてんなー)
ともあれ、やってみるか。
ていうか、そもそも俺は人間なんだ。人間のことは一番分かってる。
どうせならイケメンになりたいよなー。
あの俳優。あんな顔に生まれ変わりたかったぜ。
そうすりゃ、学生時代ももっとモテモテで楽しかったろうなー。
「そうそう! いいよ! もっと考えて! なりたいって思って!」
お? 今のでいいのか?
そうだなぁ。あんときのドラマの彼の顔が一番良かったよな。
たしか……。
「おお! サトゥーレント様! そのようなお姿をされていたのですね!」
「ん? ん? できた?」
「できてるよ! サトゥーレント!」
そこにアキレトも人間の子もエステルもいる、ということはこれは俺自身の目で見ているということだ。
俺は自分の手を見てみた。
おお、懐かしの人間の手。
「鏡! 鏡はないか!?」
「申し訳ございませんが、ご自身のお姿をご覧になるためには水面に映すしか……」
「なるほど……いや、待て。それは後でいい。まずはこの子だ。見てくれ。実は俺は前世は人間という生き物だった。これがその時の姿だ。そう、この子供と同じ生き物だったんだ」
「うっそでしょ!」
「ニンゲン。それがこの生き物の名ですね」
さらっと嘘も混ぜたが、バレへん、バレへん。
「うん。それでだ。エルフ達は人間達と争わず、平和に共存しなければならない」
「なっ! そ、それは不可能です! 人間は森を荒らします!」
「うん。それは俺がなんとかしよう。アキレトはこの子を無事に返すように」
「ご命令とあれば」
アキレトは、うやうやしく頭を垂れた。
大げさなやつ、というか、多分好きでやってんだろうな。
「わたし、お家に帰れるの?」
「お、喋ったぞ」
「はい。人間にも精霊様から教えていただいた言葉が伝わっておりますので」とアキレトが言った。
「ほー。そりゃ話が早いな。君、名前は言えるかな?」
「うん。スイエルだよ」
「スイエルか。俺はサトゥーレントだ。よろしくな」
スイエルはじっと、俺の顔を見た。
そして、ぼそっと呟く。
「……変な名前」
「ぶはは!」
この状況で、こんなことが言えるなんて、なかなか度胸がある子じゃないか。気に入ったぞ。
さてまずはこの子のことをもっと知っておこうかな。
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