第8話 アキレトというエルフ

 エルフたちはあまり多くの子供を産まないらしい。

 寿命が長いからかもしれないし、食糧事情かもしれない。

 一生、子を持たない女もいるようだ。


 ある日、一人のエルフが身ごもった。

 マーレトという名前の女性だ。


 エステルはその子に目をつけ、お腹にいるときから積極的に呼びかけてみたらしい。

 生まれてきたその女の子は、精霊の存在を強く感じられる力を持っていた。

 名前はアキレトと決まった。


 アキレトは他のエルフたちと違い、精霊の意思を読み取ることができた。

 そのことがエルフの間で広まっていくと、面白いことが起きた。

 エルフの中で宗教らしきものが生まれたのだ。


 精霊と会話できるアキレトはエルフの巫女として尊敬を集めた。


(サトゥーレントもアキレトと話してみなよ)


 というエステルの言葉を受け、俺も彼女と接触を試みた。

 まずは、森の奥へと来てもらわねばならないのだが、森の奥はエルフ達にとっても危険地帯である。

 道が無いし、危険な生命体もいっぱいいる。

 まだ幼いアキレトをそんなところに連れてくるというのは難しいことだった。


 だが俺の彼らに近づきたい、という願いが影響したのだろう。

 俺の一部に、エルフの集落へ向かって細長く伸びる根ができていたのだ。

 木の成長は緩やかだったから気づきにくかったが、俺の意識を反映していたのだった。

 それからは重点的にエルフの集落へ向かって成長するよう意識した。


 エステルはアキレトに祠を作るよう命じた。指定した場所はエルフ集落から少し離れた、俺の根が伸びているところだ。

 これには他のエルフの協力も必要だ。

 それゆえ、エステルは精霊の情報ネットワークを使い、エルフ達に有益な情報を提供してきた。

 よく実がなる木。綺麗な湧水の場所。危険な生物の存在などなど。

 それらは巫女アキレトを通じ、エルフ達に伝えられた。

 アキレトの情報はとても正確であったため、彼女の発言力は増していった。

 エルフの信仰心もさらに高まっていった。


 そして、祠を作る計画が始動したのである。

 森を切り開き、道を作るのは簡単ではない。

 樹齢百年を超える木々が何本も生えているのだ。

 祠の完成までは十年ほどかかった。祠といっても物置小屋みたいなもんだったが、それでも大変だった。


 アキレトも三十代になっていたが、エルフならまだまだ子どもである。

 それほど彼らの寿命は長い。

 その間にアキレトは、エステルから学んだ言葉をエルフに広めてくれていた。


「大森林の主、サトゥーレント様。私はマーレトとマルルックの子、巫女アキレトと言います」


 彼女の最初の祈りはそんな感じだった。

 俺は彼女が敬語を使っていることに驚いた。


(偉い人と話すときはどうするの?)


 そうだ。以前エステルがそんなことを聞いてきたので、俺は敬語を教えたのだ。

 どうやらエステルは、自分たちに対し敬語を使うよう指示していたらしい。

 まったく、どっちが偉いだのなんだの、そういうのはこの世界には持ち込みたくないんだが。


(俺はサトゥーレント。アキレト。聞こえるか?)


 片膝を突き、胸の前で手を組んでいたアキレトは、とっさに目を伏せた。


「聞こえます! おお、サトゥーレント様! 我らをお導きください!」

(おお、聞こえるみたいだね。そんな固くならず。もっと気楽でいいから)

「我らが主、サトゥーレント様に対し、そのような無礼は許されません」


 エステルめ。一体どんなことを教えたんだ?


(ま、まぁ、こうやって会話ができて嬉しいよ)

「はっ。もったいなきお言葉。今後とも我ら一族をお導きください」

(うん。よろしくね)


 はてさて、導くって言ったって、どうすりゃいいんだろう?

 俺なんて、そんな大層なモンじゃないんだけどなぁ。


(なんか困ったことがあったら言ってね)


 ま、そんなことを言ってお茶を濁そうとしたのだが、意外な言葉が返ってきた。


「は、実は、困ったことがございまして。サトゥーレント様のお知恵をお借りしたく……」

(うん? なになに?)

「森を荒らす奴らのことです」

(森を荒らす? 動物か?)

「は。動物ですが、姿は我らと近く、耳が短いのが特徴です。我らと同じく二足で歩き、道具を作り、使います。言葉も話すようです。性格は凶暴にして粗雑。森に入っては多くの木を倒し、新たな木が育たぬほどの実を取り、必要以上の狩りをしております」


 エルフ以外にも知的生命体がいるということか。

 しかもその特徴、人間っぽくないか?


(ふむ。そりゃ困ったもんだね。しかし、俺のところまでは来てないなぁ)

「ええ。聖域までは奴らも入っていけないのでしょう。我らとて危険な場所ですゆえ」

(聖域? なにそれ)

「もちろん、サトゥーレント様の支配域のことです」


 森の中心地のことか。

 へぇ。聖域って呼んでるのか。かっけぇじゃん。

 俺や精霊にとってはなんでもないけど、確かに危険極まりない地域ではあるなぁ。


(ふーむ。ここまで入ってくるなら俺でも対処できるけど、あんまり外側だとどうしようもないなぁ。それと、その生き物の情報がもうちょっとないとな)

「かしこまりました。それについてはなんとかいたします」


 初のアキレトとの会話はそんな感じで終わった。

 しかし、俺は考えが及んでいなかった。

 そのときのアキレトの言葉が、どんな恐ろしい意味を含んでいるのか、ということに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る