第6話 木としての目覚め

 はじめは夢を見ているのかと思った。

 久々に見えた景色は、あたり一面の緑。そして俺は鳥のように空を飛んでいた。

 美しい風景を、俺は映画でも見るように眺めていた。

 やがて音が聞こえ、匂いがし、風を感じるようになっていった。


 鳥のように、と思っていたのだが、あとから実際に鳥だったことを知る。

 それに気づいたのは、他の仲間の鳥が視界に入ったからだ。

 かなり大きな鳥で、羽を広げたら4メートルくらいはありそうだ。

 くちばしは大きく、主に木の実を食べて生きている。


 俺も同じように、食事をし、仲間と空を飛んだ。

 しかし俺は、自由に動くことはできなかった。

 どうやら、その鳥と感覚を共有しているだけで、俺が鳥になったわけではないらしい。


 鳥だけでなく、別の生き物と感覚を共有できたことでそれに気づいた。

 こちらはリスに近い小型の生き物のようで、ほとんど木の上で生活していた。


 そうしていくうち、いろいろなことが分かってきた。


 どうやら、俺は動くことができないらしい。

 そして、俺の近くにいる生き物と感覚を共有できる。

 その生き物が、俺から離れすぎると、その共有は電波が弱くなるように届かなくなっていき、やがて解除されてしまう。

 俺はこれを“感覚共有”と呼ぶことにした。


 驚いたのは、複数の生き物と同時に“感覚共有”できることだ。

 そうしたとしても、処理がパンクすることはない。同時に感じることができる。

 これは過去にない経験だった。


 そして、動物たちの視線などの情報から、俺は自分が木であるということに気がついた。


 どうしてこんなことになったのか。

 そういう疑問が湧いたが、すぐにどうでもよくなった。

 多分、人間としての俺は死んで、木に生まれ変わったんだ。

 それならそれでいいじゃないか。むしろ、望むところだ。


 木の生活はぐうたらでコミュ障の俺の性分にあっていたからだ。

 食べ物を探す必要はない。土と水と光があればいい。

 あくせく働く必要はない。

 煩わしい人間関係も、ここには存在しない。


 それにしても、木に生物との“感覚共有”の力があるとは、知らなかった。

 そのおかげで、動けないことで不便さを感じる、ということは無かった。

 そんな小さなことはどうでもいい、そんな大らかな気持ちになっていた。


 そんな生活がさらに百年以上続いた。

 俺はとめどなく成長していった。

 上にだけではない。横にもだ。

 木なのだから地面の下には根が血管のようにのびている。その根から新たに上に伸びることができた。

 そんな性質を持った木があるとは知らなかったが、どうも俺はそういう種らしい。

 その上、すでに生えている木も取り込んでいった。根っこをつなげることで俺の一部として吸収できたのだ。まったく種類の違う木であってもそれができた。


 さらに数百年がすぎ、俺はどんどん俺自身を広げていった。

 こうやって大きくなることが、俺の喜びであり生きがいであった。


 そんなときだ。

 俺に語りかけてくる存在があった。


(こんにちは)


 幻聴かと思ったが、すぐ違うと気づいた。

 これは“感覚共有”によるものではない。

 声ではなく、頭に直接流れ込んでくる意識のようなものだった。


(こんにち……は)


 恐る恐る、その意識に答えてみた。


(はじめまして。ようやく話せるようになったね)

(あなたは? どなたです?)

(ボクはこの世界の管理者だよ。まぁ、君らの言葉で言えば神ってやつかな?)

(神様……まぁ、驚きはしないけど)


 人間時代なら驚いたろうが、この世には俺の理解の及ばないものがある。ここにきて実感した。


(薄々気づいていると思うけど、今の君は木だ)

(でしょうね)

(飲み込みが早いねぇ。もっと驚くというか、ショックを受けると思ってたけど)

(もう、こうなって何百年も経つので。今更ですよ)

(なるほど。ならついでに言うけれど、ここは君が前にいた地球ではない)

(やはり、そうですか)


 実はなんとなく、それにも気がついていた。

 ここにも四季があったが、その周期、すなわち一年の長さが地球と違ったからだ。

 数年がかりで日にちを数えていたから分かった。

 わざわざそんなことをしていたのは暇だから……ってのもあるが、異様に記憶力があるせいでもあった。

 覚えようとする必要もなく、あらゆる情報が記憶されていった。

 忘れられない、というほうが近いかもしれない。“超記憶力”とでも言うべきか。細胞一つ一つに情報が記録されている、そんな感じだ。


(いろいろあって、そういうことになったんだ。ま、第二の生を楽しんでよ)

(おかげさまでもう楽しんでますよ。で、わざわざそんなことを伝えに来た理由はなんです?)

(理由ってほどでもないよ。気になるだろうと思っただけだよ)

(なるほど、わざわざありがとうございます)

(いやに落ち着いてるなぁ。普通はなんで自分がとか、質問攻めにするもんだけど)

(そうなんですか? こうなったもんはしょうがない、そう思ってました)

(あはは。君は変わってるね。ま、聞きたいことがあったら聞いてよ)

(はい。ならば一つ。転生までしたってことは、俺はなんか使命とかあるのですか?)

(ないない。好きなように楽しんで。それじゃあね)


 そしてその声は消えてしまった。

 もっと聞きたいこともあったが、全部知ってしまうのも味気ない。

 この世界のことは、これから徐々に、俺自身の手で明らかにしていこうじゃないか。時間ならたっぷりあるんだしな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る