第59話 姫さまを傷物にしたらいけない!

 宿の一階が地震のように揺れる中で、姫と呼ばれた女子はあっけらかんと告げる。


「黒い大剣? それなら、私が借りていたわよ? ちょうど鍛錬に向いていたから」


 俺がプレッシャーを弱めれば、剣を抜きかけていた騎士どもが息を吐く。

 メイドたちは、へたりこんでいる。


 一瞥いちべつした後で、その姫さまを見た。


 かなり幼い雰囲気で、線も細い。


(そのわりに、圧を感じる……。器としては、かなりの魔力だが)


 視線を感じた女子は、両手を腰に当てて名乗る。


「私は、フランベル・デ・レオルミナスよ! レオルミナス王国の第三王女!」


「……冒険者のジンだ。家名はない」


 俺に比較的近いデトレフは、間に合わなかった、と言わんばかりに頭を抱える。


(妙に急いでいると思ったら、この姫さまに会わせたくなかったのか)


 心の中で納得していたら、そのデトレフが女子を見た。


「姫さま……」


「あなたのせいで、私が盗人にされかけたじゃない!?」


 怒ったフランベルに、デトレフは平謝り。


 しばらく会話をした後で、彼女は再びこちらを見る。


「繰り返すけど、私が借りていただけ! 責めるのなら、私に知らせる役割だったデトレフだけにしなさい」


 俺は、うなだれた若い男をチラッと見て、すぐフランベルに向き直る。


「悪意がないことは、分かった! 大剣を返してくれれば、それでいい」


 周りがホッとする気配。


 頷いたフランベルは、ついてくるように命じて、背を向けた。


 それを追いかける前に、視線を感じる。


 見れば、デトレフだ。


「……すまない」


 深々と、頭を下げた。


 息を吐いた俺は、とりあえず許す。


「会わせなくなかったんだろ? まあ、俺は素性不明な男だからな」

 

 顔を上げたデトレフは、先ほどより気が抜けた表情に。


「姫さまは、さっき説明したフレムンド学院で婚約者との顔合わせを控えているんだ……。お前の大剣については、すっかり忘れていた」


「そうか……。助けてもらって何だが、よく俺を拾ったな?」


 苦笑したデトレフは、首を縦に振った。


「まったくだ……。姫さまが命じた時には、何かの冗談と思いたかったよ!」


「とにかく、俺はあの大剣を回収したら先に首都レオンへ向かうぞ?」



 ――宿の裏手


 洗濯物を干すといった、雑多なスペース。

 そこに、身長と同じぐらいの黒い大剣をブンブンと振るフランベルの姿があった。


 俺たちに気づいて、両手の握りによる停止。


(すごいな……。あんな重量バランスが悪い武器で、ブレていない)


 俺が感心していたら、大剣の先を地面に刺したフランベルの笑顔。


「ああ、来た来た! けっこう癖があるわね、これ」


 言いながら、触れていた長いつかから手を離した。


「聞いたけど、私たちと同じ場所へ行くって?」

「俺は、もう旅立つ。世話になったな」


 黒い大剣を別空間に仕舞えば、周りの驚く声。


「へえ……。ずいぶんと、便利な機能がある魔剣ね? 名前、あるんでしょ?」


 実際には空間魔法だが、言う必要はない。


 そう思っていたら、頭の中で古龍カーヌスの声が響く。


『この娘、なかなかに有望だな? 鍛えれば、我と戦えるかもしれん』


 黒い大剣は、何とか倒したあとで折れた剣と錬成した産物だ。


 所有者である俺とテレパシーで会話する、どこにいても……。


(1人になりたい)


 切実に思う。


 そもそもの古城への突撃にせよ、思い付きで行動すると碌なことにならん。


 俺が悩んでいたら、笑顔のフランベルが尋ねてくる。


「ね、ね! それ、どういう名前?」


「……カレトヴルフだ」


 答えた後で、街道へ戻ろうとした。


 けれど、俺の上を飛び越えたフランベルが見事な着地。


 流れるように振り向き、提案する。


「それだけの魔剣を持っているのなら、少し戦ってくれない?」

「姫さま!」


 デトレフが叫んだ。


 そりゃそうだろ……。


 これから嫁入りの姫さまに、よく分からん男と殺し合いをさせる奴がどこの世界にいる?


 すごい勢いで説教される、フランベル。


 周りの騎士、メイドも、呆れた顔だ。


 ショボンとした姫さま。

 そして、訪れる沈黙の時間。


 そろそろ行くか、と思っていたら、デトレフが小袋を差し出した。


「これを持っていってくれ! それと……」

「俺たちは会っていない。首都レオンでも会うことはないな? 身分が違う」


 上を開いてみれば、予想通りに金貨の輝き。


 要するに、こいつなりの詫びと口止め料だ。


 力強く首肯したデトレフは、別れの言葉を告げる。


「ああ、そうだ! もう倒れるなよ?」


「なるべく、そうするさ……。じゃあな!」


 全員に見守られつつ、マダロス村を後にした。



 街道に出た俺は、暴走した経験を活かす。


(今度は地図がある! 街道に沿って首都レオンまでのルートを設定すれば……)


 再び氷の上を滑るように魔法を発動した俺は、全ての景色を置き去りにしつつ、首都レオンの高い外壁にぶつかることで停止した。


 そのまま突き破ったから、入場税もなし!


 集まってきた群衆に紛れつつ、首都レオンの大通りで人の流れに加わった。


 とりあえず、寝る場所の確保だ!


『しばらく見ないうちに、人が増えたものだ……』


 そういえば、こいつもいたな?

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