第58話 解説キャラがいると助かる

 気づいたら、どこかの部屋だった。


 知らない天井から視線を移せば、物置のような場所。

 薄暗く、カビ臭い。


 目が慣れてきたら、客に見せたくない掃除道具も。

 壁には、木板を下ろした窓もある。


(寝かせられた場所は、申し訳ぐらいに整えられているな?)


 手足は拘束されていない。


 寝ぼけているものの、毒の痕跡もない……。


 周りを見れば、俺の旅道具を入れた袋だけある。


 中身をチェックした後で、おもむろに立ち上がった。


 ガチャッ


 唯一の出入口であろう扉が、いきなり開いた。


 聖職者のような格好をしており、両手で何かの道具を抱えたまま、ブツブツと文句を言っている。


「まったく、姫さまのワガママには困ったもの――」


 目が合った。


 唖然としたままの若い男に、尋ねる。


「すまないが、状況を教えてくれ」



 ――30分後


 食堂のテーブルの1つにいた。


 ここは宿屋のようで、粗末ながらもパン、スープの定食がある。


「俺は行き倒れていたのか……。ありがとう」


 デトレフと名乗った男は、ジェスチャーで食べるように勧めながら説明する。


「感謝するのなら、姫さまにしてくれ……。私たちは反対だった」


 食事をする合間に、答える。


「面倒をかけたな? 礼をしたいが、あいにく持ち合わせが――」

「不要だ! これまでの費用は払ったので、食べ終わったら出て行ってくれ」


 よっぽど、関わり合うのが嫌か……。


 急いで口に詰め込みつつ、頷く。


「分かった……。悪いが、ここはどこだ?」


 向かいの長椅子から立ち上がったデトレフは、ため息をついた。


「少し待ってろ」


 片手を向けながら、早足で立ち去る。


 目の前の料理をどんどん腹へ詰め込んだ直後に、奴が戻ってきた。


 机の上に地図を広げる。


「いいか? ここはマダロス村で、レオルミナス王国の一部。お前は、どこへ行きたいんだ?」


「んー? フェルム王国からドラゴアム共和国の首都へ向かっていたんだが……」


 それを聞いたデトレフは、口を半開きにした。


「フェルム王国? ここから、馬車で1ヶ月はかかるぞ!?」

「……色々あってな?」


 俺の返事に、デトレフは首肯した。


 いちいち尋ねてこないのは、育ちがいいからだろう。

 口は悪いが。


(道で行き倒れていた不審者だからな、俺は……)


 気になったことがあり、質問する。


「ところで、この辺に亡者が大量にうろついていて、黒い竜がいる古城はあるか?」

「あるわけないだろう!?」


 反射的に突っ込んだデトレフは、考え込む。


「ドラゴアム共和国の聖域として、この世界で最初の統一国家だった跡地の『原初のみやこ』がある……。そこに住み着いている古龍カーヌスは、いずれ世界を滅ぼすと言われているんだ。言っておくが、ここから数ヶ月の距離だぞ? そもそも、連合軍の精鋭が周りに配備されているし。無許可で立ち入れん」


「へー!」


 ジト目になったデトレフは、息を吐いた。


「この辺は小国家が乱立していて、私たちはレオルミナス王国の一行だ! 定期的にドラゴアム共和国に有望な若手が集まり、古龍カーヌスを倒す竜騎士と、『原初の都』から滅びの力が広まらないように祈る聖女を選ぶのさ」


 首をかしげた俺は、すぐに指摘する。


「その言い方だと、お前らはその選考に行くのか?」


 肩をすくめたデトレフは、本音を言う。


「そういう名目で、周りの王族や高位貴族の子供、勇者と呼ばれる人々がドラゴアム共和国の首都レオンにあるフレムンド学院に留学するんだよ! いるかどうかも不明な古龍は、ただの名目にすぎない」


「お前が?」


 フッと笑ったデトレフは、首を横に振った。


「いや、姫さまが……。お前には関係ない! 首都レオンだったな? この地図はくれてやるから、とっとと失せろ! 本来ならば、ダルミナ教の神官である私も、お前が口を利けない立場だ」


「へいへい……」


 広げられた地図を丸めて、片手で握った。


 すると、甲高い女子の声。


「デトレフ! そいつの目が覚めたなら教えてと、言ったでしょ!?」


 亜麻色ロングの髪をなびかせて、グレーの瞳でこちらを見ている。


 動きやすい格好だが、上質な衣服であることは一目瞭然。


(口調はともかく、気品がある……。貴族か?)


 判断に困っていたら、デトレフが割り込む。


「姫さま! 彼はもう、ここを立ち去るので!!」

「……ふーん?」


 睨んできたデトレフに、辟易する。


「まあ、そういう事なんで……。世話になりました」


 2人と周りにいる人間に注目されつつ、俺は宿の一階にある食堂から開かれたままの出口へ向かう。


 けれども、途中でピタリと立ち止まる。


「ところでさあ? 俺、たしか黒い大剣を持っていたはずなんだよねえ……」


 空気が張り詰めた。

 背中越しにも、殺気が混じったプレッシャーだ。


 上体だけ振り向きつつ、魔法でそれに負けない圧をかける。


 テーブルや長椅子が、カタカタと震え始めた。


 俺は笑顔のままで、気圧されている面々に尋ねる。


「黒い大剣……。お前ら、どこにやった?」

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