第二章 魔剣と聖女が集まる国

第57話 致命的な人違い

 小人族の女3人、杠葉ゆずりはたちと別れた俺は、フェルム王国から街道沿いにドラゴアム共和国へ向かう。


 駅馬車を利用していたら、途中で金が尽きた。

 杠葉に渡しすぎたのだ。

 今から1分複利で徴収したいが、あいにく距離が遠すぎる。


(魔法で加速すれば、いいだろう?)


 そう思ったのが、運の尽きだった。


 氷の上を滑るように前進したまではいいが――


 ブレーキがなかった!


 周りが置き去りで、全ては線のまま流れていく。

 やがて廃墟のような光景に変わり、亡者のような人型がうごめく場所へ。


 助けてくれ!

 もう、望乃ののに冷たい態度をとったりしない。

 胸の大きさで揶揄からかったりしない。


 良き人となる!


 考えている間にも、空中に投げ出されクルクルと回転しては着地する。


 もはや高低差も分からないが……。


 同じく廃墟となった城の正面から突っ込んでいき、玉座の謁見の間のような高い天井のホールでようやく止まった。


 荒い呼吸のままで、しばしたたずむ。


 細長い窓から入り込む光だけの、荘厳な空間。


 数段の高さがある玉座には、黒いプレートアーマーを着込んだ人影が座っていた。

 気配はない。


 近づいてアーマーの装甲をなぞってみれば、本来の色は白銀のようだ。


「慰謝料代わりに、もらっていくか!」


 枯れ枝のような死体を放り投げ、頭のヘルムまでの一式を着込み、ついでにご立派なソードも握る。


 ヘルムの正面を閉じれば、限られた視界へ。


『ん! 雰囲気ある!!』


 くぐもった声のまま、ガシャガシャと正面から出てみれば――


 炎で燃え尽きた後のような、城を壊せそうな大きさの黒い竜がいた。


 マグマのような赤い線が走っている古龍は、大地を震わしつつ、着地する。


『フレムンド……。まさか、お前とまた会えるとは!』

『人違いです』


 急いで答えたが、小さな城のような古龍は俺を見つめたままで語り出す。


『原始たる火の記憶を継ぎし我が一族も、残すは我のみ……。分かっていた。すでに盟約を結びし偉大な王はどこにもおらず、その幻影を追っているだけであることは』

『人の話を聞けよ!?』


『魔法による惨劇を繰り返さぬため、女神たちの眠りでマナを封印して使い方を消しても、人とは愚かなものよ……。それでも、王の使者たるお前との再会は、何かの運命だろう』

『これ返すから!』


 慌てて脱ごうとするも、プレートアーマーは脱ぎにくい。


 それを見た古龍は、長い首で頷いた。


『分かっている……。我らは戦うしかないのだ。世界の全てを灰に戻そうとする我を止めてみろ!』


 同じく巨大な翼2つを広げた古龍は、名乗りを上げる。


『炎のエレメントをつかさどるカーヌス! 英雄フレムンドに挑もう!』


 ガアアアアアッ! と咆哮ほうこうを上げた古龍に、全身が消し飛ぶような衝撃を感じる。


 ――強化、加速、加速、加速、加速


 本能的に魔法の重ね掛け、それも短縮で。


 地面に接している両足が石畳を割り、両手で握ったソードの切っ先が後ろを向く。


 視界が変わった。

 一気に踏み込みつつ、後ろからの横薙ぎ。


 空中で交差すれば、後ろからブレスによる熱波と破片に、俺が切り裂いた古龍のうろこや血液が入り混じる。


 手足の動きで姿勢を――


 魔法で足の底に反発する足場を作り、ノーモーションであらぬ方向へ軌道を変えた。

 直後に、古龍のカギ爪が空を裂く。

 

 くるりと回転した勢いで、長い尻尾も飛んできた。


 空中にいるままでカウンターの刃を構えるも、鈍い音を立ててソードが砕ける。



 ◇



 1台の馬車が、踏み固められた街道を進んでいる。

 商人にしては荷が少なく、乗合にしては人が少ない。


 亜麻色の長い髪をしている女子が、退屈そうに荷台の端で座っている。

 両足をブラブラさせ、グレーの瞳で遠ざかっていく景色を眺めた。


「あーあ! 城に帰りたい!」


 前にある御者台から、若い男の声。


「姫さま、ご辛抱を! それに、聖女の1人として自覚をお持ちください! 婚約者とも顔合わせですよ?」


 うんざりした様子で、少女が言い返す。


「デトレフ、うるさい! どうせ、私は殴るしかできないわよ!!」


 快適ではあるが、とても王族が乗るとは思えない、ほろがあるだけの後ろが解放されたままの荷台だ。


 護衛の兵士、お付きのメイドが数人いるも、我関せずでジッとしたまま。


 けれど、肝心の姫さまが飛び降りたことで慌てる。


「姫さま!」

「お待ちください!」

「止めろ! 姫さまが落ちた!!」


 急停止する馬車。


 走り出した姫さまは、やがて立ち止まる。


 そこには、プレートアーマーの残骸を身につけたまま、うつ伏せで倒れたままの青少年の姿。


 ジンだ。


 姫さまの視線は、傍に落ちている黒い大剣に注がれていた。

 剣術が苦手な自分ですら分かるほどの魔力。


 見ているだけで、体が切れそうだ。


「すごい……」


 追いついたデトレフは、息を切らしつつも姫さまを守るように前へ出た。


「お下がりください!」

「……何だ、この魔剣は」


 男の兵士も、顔を歪めている。


 集まった面々は、見なかったことにしようと考えたが――


「救助なさい!」


 当の姫さまは、毅然きぜんと言い放った。

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