第56話 1つの終わりと始まり

 奴隷商<レスレクティオ>が泊まっている宿へ戻り、杠葉ゆずりはたち3人を連れ出す。


 それを見咎めた奴が、慌てて叫ぶ。


「ま、待て待て! バーリー男爵のところへ連れていくにしても、まず頭に報告しろ――」

「俺たちのいた街が占拠されたぁああああっ!?」


 その頭が、絶叫した。


(俺の奴隷である小人族のエリオットが、やりやがったな……)


 ここに来て、どんどん連鎖してきた感じ。



 集団で泊まっている別棟は、にわかに騒がしくなる。


 正面に立ちはだかっていた男も、声がした方向を見たまま。


「とりあえず、話を聞いてみません?」


 俺のほうを見た男は、コクコクと頷いた。


「あ、ああ……。そうだな」


 数人の男と一緒に、ゾロゾロ。


 頭がふんぞり返っている個室は、ドアが開いたまま。


 中から、手下らしい声。


「へ、へい! どうも、亜人たちが反乱を起こしたらしく――」

「冗談じゃねぇええっ! <レスレクティオ>の拠点を強奪されたら、全て終わりだぞ!?」


 絶叫した頭は、次の瞬間に立ち上がった。


 ドンドンと地響きのような足音で、廊下へ出てくる。


「帰るぞ!」

「男爵のところへ小人族の女3人を届けに行って、いいですか?」


 ジロリと睨んだ頭は、ドスの利いた声で告げる。


「引き渡しは、てめーがやってこい! 支払いは為替の書面だぞ? 現金でチョロまかしたら、八つ裂きにしてやる!」


 俺の返事を待たず、頭は怒鳴る。

 今すぐに帰るようだ。


 追いていかれないよう、手下どもが慌ただしく行き来する。


 許可はもらったので、杠葉たちを連れて――


「頭に言われたんですけど?」


 街の通りに出た俺が振り返れば、さっき止めていた連中がついてきた。


 気まずそうに、理由を言ってくる。


「い、いや……。お前1人じゃ、こいつらを見切れないだろ?」

「そうそう! 俺たちがサポートしてやるよ」

「お前は、まだ信用できねえ」


 偉そうに言っているが……。


 魔法によるリーディングによれば、ひどいものだ。


 ――あの奴隷商は、もうダメだ


 ――頭たちがいない間に、こいつらの代金を奪おう


 ――全額は無理だろうが、現金で受け取れれば


 ――新人のこいつを消しておけば、あとで追及されても言い訳できるぜ


 だと思った!


 こんな稼業だけに、どいつも護身用のナイフぐらいは忍ばせている。

 生活道具でもあるし。



 さして時間をかけずに、立ち去ったばかりの公爵の所有地へ。


 正門は固く閉ざされていて、前に立つ警備兵もピリピリしている。


「何だ?」


「バーリー男爵がご注文の奴隷をお届けに参りました」


 頷いた警備兵が、連絡係を走らせた。


「今、確認している! 少し待て」



 見覚えのある執事がやってきた。

 バーリー男爵家の家令、ユルゲンだ。


 奴は、俺の顔を見てギョッとしたものの、すぐポーカーフェイスに。


「……こちらへ」


 魔法で周囲を探れば、それなりに腕の立つ兵士か、荒事に慣れている執事、下男などがいる。

 俺たちを逃げられない場所まで誘導して、拷問か殺すのだろう。


 傍にいる杠葉たちを見た後で、ピタリと立ち止まる。


 けれど、それ以外の奴らは、先頭のユルゲンを追っていく。


(人間、自分が注目したものだけか……)


 今は、魔法によって視覚を弄っただけ。


 見えているものを認識しているとは限らず、意外に見逃している部分が多い。

 地面に転がっている石のように思わせたのだ。


 俺のジェスチャーで、杠葉たちも進路を変える。


 前に言われた勝手口を見つけて、そこを出入りする下級召使いにくっついて脱出!


 そのまま、クレルヴァンスの外壁の門からも出た。



 ◇



 ワープした隠れ家で、マリカ・デ・トトゥという小人族の女を解放した。

 まあ、かくまっていたわけだが。


 奴隷商<レスレクティオ>の拠点がある街へ行くそうだ。

 本人の意思のため、ワープで届けて、お仕舞い!


 ようやく落ち着いたので、3人の女たちとくつろぐ。


「男爵に会いに行った奴らは、敷地から叩き出されて、そのまま逃げるのが最善かな?」


 紅茶を飲んでいた杠葉は、息を吐いた。


「支配者であるカスティーユ公爵のご機嫌次第だ……。どっちみち、商品をくすねた扱いで職場に戻れず、追っ手もかかるだろう」


 カチャリと置いたあとで、杠葉がジト目に。


「お前は、色々と小細工をしすぎだ! ともあれ、公爵レベルにずっと追われるよりはマシだな……。私たちはお前から受け取った金で、しばらく療養する」


 視線で催促されて、俺も語る。


「別の国へ行ってみようと思う! 前に、ランストック伯爵家のギュンターと戦ったろ?」


 望乃のの衣緒里いおりが、懐かしそうに感想を述べる。


「ありましたね!」

「もう、前世ぐらいに感じますよ……」


 俺は、続きを話す。


「奴が家宝の魔剣を使って、俺が折った」


 首肯した杠葉が、事もなげに説明する。


「聖騎士が使っていた量産品だな……。あんな死蔵したうえに折られるとは、ついていない魔法剣だった」


 全てを知っていそうな杠葉に構わず、言い切る。


「せっかくだから、その魔剣を輸出している国へ行ってみる!」

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