第55話 後始末は大事、古事記にもそう書いてある
俺は家令のユルゲンの姿のまま、両手を離した。
後ろから首を固め、骨を折ったことで、ソファーに崩れ落ちるリーヌス・バーリー男爵。
問題は、ここからだ……。
予め執務室から奪った書面を異次元から取り出した。
壁に接するように事務デスクがあったから、そちらに置く。
インク瓶と羽ペンを置き、リーヌスの筆跡になるよう、オートで走らせる。
カリカリカリと、空中に浮かんだ羽ペンの音。
こいつはマメで、定型文の書き溜めがあった。
空き時間にやっていたのだろうが――
「奪われて利用されるとは、夢にも思わんよな?」
ソファーにずり落ちた男爵を引き上げ、なるべく自然なように座らせた。
頭はどうしても落ちるため、固定した両手で下から保持させる。
次に、俺の幻影に用意されたティーセットを……異空間へ放り込んだ。
時間が惜しい。
(早く早く……)
コンコンコン
ノックの音に、閉められた扉を見る。
「誰だね?」
『お茶の交換に参りました。デザートもございます』
メイドの声だ。
思わず、舌打ちしたくなる。
(この男爵の習慣か!?)
考えていると、催促する声。
『あの……。いかがいたしましょうか?』
俺は、自動筆記が続いている事務デスクを背にしたままで告げる。
「入りたまえ」
『失礼いたします』
ガチャッと扉が開けられ、1人の若いメイドが入ってきた。
「お茶とデザートでございます……」
会釈した後で、テキパキと交換していく。
主人であるリーヌスの様子を
俺は魔法で、奴が喋った言葉を組み合わせる。
『ご……クロウ』
「では、失礼いたします」
再び会釈したメイドは、外へ――
ピタリと立ち止まり、俺が立っている方向を見た。
じ――っ
(筆記の音を聞かれたか? マズいな……)
視線を固定したまま、スッスッと歩いてくるメイド。
俺は正面から向き合ったまま、ブロックする。
横から覗き見しようとするから、同じく視線をさえぎった。
若いメイドは、おずおずと尋ねる。
「あ、あの? そちらにも、どなたか?」
「何でもない」
「で、でも……。お客様がいらっしゃるなら、そちらにも――」
バッと、正面から抱きしめる。
驚いたメイドは、目を見張った。
けれど、振り払う様子はない。
棒立ちのまま、囁くように言う。
「お、奥様に悪いですから……」
『かまわん』
とりあえず、リーヌスの声で言っておいた。
俺自身も、喋る。
「あとで、私の部屋に来なさい。皆には秘密にするように」
「……は、はい」
離れたら、期待しつつも後ろめたそうな表情のメイドが、逃げるように小走りで個室から出ていった。
(あのメイド、ロマンスグレー好きか?)
バタンと、乱暴に閉められた扉。
それを見たあとで、作業を急ぐ。
自動筆記も、ちょうど終わったようだ。
“私は悲観的なサムシングにより、自決を選びます。叔父上を悲しませること、どうかお許しください”
本人の署名もある。
異空間から赤い蝋と、封書に使う紋章を出した。
手早く畳み、白い封筒に入れた。
外側を閉じて、その境目に火で溶かした赤い蝋を垂らす。
すかさず、紋章で押した。
ジュッと音がして、差出人を識別する印に。
その封筒を死んでいるリーヌスの前にあるローテーブルに置いた。
諸々の道具は、そのまま置き去り。
(これで良し!)
ツカツカと歩いた俺は、扉を開けて、廊下に出た。
後ろ手に閉める。
しばらく歩けば、執事やメイドが気づいた。
「ユルゲン様?」
「どちらへ?」
俺は、老齢の男の声で叫ぶ。
「すぐに公爵がいらっしゃる! 早く準備をしろ!!」
反射的に姿勢を正す、執事やメイドたち。
相手が考える前に、畳みかける。
「何をしている? 明日から仕事がなくなっても、いいのか!?」
「た、ただちに!」
「本邸に連絡して!」
「次の食事を前倒しにするよう、シェフに!」
慌ただしく動き始めた連中を後目に、俺はその公爵がいる本邸へつながる内廊下を歩く。
警備らしき兵士が、敬礼した。
足を止めず、コクリと頷くことで答礼。
出くわした執事が、笑顔で尋ねてくる。
「これは、ユルゲン殿!」
深刻そうな表情を作った後で、打ち明ける。
「実は……。旦那さまが……」
「バーリー男爵が、どうされたと?」
驚いた相手に、首を横に振った。
「私の口からは……。とにかく、公爵をお呼びください」
「わ、分かりました! すぐに!! おい、聞いたな? 急げ!」
本邸の連中も、ハチの巣をつついたような騒ぎだ。
その騒ぎに紛れて、道を横にそれ、勝手口のような場所から外へ。
周りに誰もいないことを確認しつつ、執事服の上着だけ外し、近くにあったツギハギの上着を着た。
公爵がいる本邸から離れつつ、ネクタイを外し、上着と一緒に繁みへ捨てる。
髪型も、両手でグシャグシャに。
履いている革靴も、泥につっこみ、わざと汚した。
歩いて正門まで辿り着き、ジロジロと見られながらも――
「おい! すぐに閉鎖しろ!!」
警備兵が慌てて、左右にある大扉に取りつく。
突っ立っていたら、声をかけられる。
「お前は、早く行け! 帰りは通用口だぞ?」
「どうも……」
猫背ぎみに片手を上げ、早足で通りすぎる。
その後ろで、左右から大扉が閉まっていき、バタンと閉じられた。
(間一髪か……)
嘆息しつつ、足を止めずに離れていく。
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