第54話 もったいないBOTと男爵の最期

 公爵が所有している、巨大なタウンハウスの集合住宅。

 その最奥にある別邸でくつろぐは、リーヌス・バーリー男爵だ。


「フフ……。ついに、あの小人族の3人を手に入れたな」


 豪奢ごうしゃな家具が配置された、庶民の一家が住めそうな個室。


 現代社会であれば、上のランクの部屋だろう。


 横に長いソファーで身を沈めつつ――


 コンコンコン


「何だ?」


『冒険者のジンを連れてきました』


 バーリー男爵家を取り仕切っている家令、ユルゲンの声だ。


「よし、入れ!」


『失礼いたします……』


 彫り物細工がされた木製のドアが、ゆっくりと開けられた。


 老齢の男ユルゲンは、開けたままで若い男を招き入れる。

 本人も入り込み、扉を閉めた。


 リーヌスに、視線を送る。


 首肯したリーヌスが、ジンに言う。


「とりあえず、座りたまえ……。2人分のお茶を」


かしこまりました」


 返事をしたユルゲンは、いったん外へ出る。


 その間に、リーヌスは座ったままで片足を組む。


「さて……。お前のことは調べさせてもらった! 迷宮都市ブレニッケのクラン対抗戦に続くギガント・ドラゴン退治は、ご苦労だったな? しかし、それだけの力となれば、放置するわけにもいかん」


 向かいのソファーに座ったジンは、表情を変えずに答える。


『もったいないお言葉でございます』


 合成音声を思わせるものの、リーヌスはあまり気にしない。


「それで、だ! お前を私の部下とする! 叔父上……カスティーユ公爵に話を通しているから、心配はいらん」


『もったいないお言葉でございます』


 口を閉じたリーヌスは、同じ言葉を繰り返したジンに、眉をひそめる。


 組んでいた片足を戻して、前のめりの姿勢へ。


「お前は、自分が断れると――」

 コンコンコン


『お茶をお持ちしました』


 上体を戻したリーヌスは、閉じられたドアのほうを見た。


「入れ!」

『失礼します』


 ガチャッと開けられ、ユルゲンが入ってきた。


 押してきたワゴンを停め、それぞれにティーカップと洋菓子を置く。


 本来はテーブルの中央に三段ぐらいの金属ツリーに全員分を盛り付けて、それぞれでとっていくが、今は対等な相手にあらず。

 それでも、公爵と親しい男爵のもてなしに妥協は許されない。


 日持ちする焼き菓子ではなく、生!


(金のある貴族は、やることが違うね……)


 俺は、心の中で嘆息した。



 ワゴンを廊下に出して、再び扉を閉めた。


 老いた家令が壁を背にしたまま、気配を殺す。


 座っているリーヌスの後ろ姿と、その先にいるジンを見る。



 リーヌスは紅茶を飲んで、優雅にティーカップを置く。


「さて……。もう一度だけ、言おう。私の部下となれ! 悪いようにはせん」


『お考えを聞いても?』


 かなり無礼な物言いだが、先ほどよりはマシだ。


 鷹揚おうようにうなずいたリーヌスは、皿にのった洋菓子を切り分けつつ、話し出す。


「ちょうど、お前に確認したいこともある! 先に、暫定的な待遇を教えておく」


 聞けば、俺はカスティーユ公爵の戦術兵器として、睨みを利かせる役割。


「ランストック伯爵家にいたとはいえ、お前は追放された身だ。それに、いきなり上の爵位を与えても、周りの恨みを買い、孤立するだけだ」


 男爵家の次期当主として、経験を積み、人脈を築け。


 そういう話らしい。


「騎士爵は低すぎて、子爵では高すぎる! 言っておくが、私と同じ立場と思うなよ?」


『存じております。周りとの関係に左右されると……』


 ニヤリとしたリーヌスは、満足そうな表情に。


「元貴族は、話が早くていいな……。社交界には?」


『辺境の親戚だけの場に、少しだけ。実質的にありません』


「なるほど……。まあ、お前が期待されているのは武力面だ! 紹介はするし、最低限の付き合いをしなければならんが、怯える必要はない」


『はい』


 ここで、リーヌスが真面目な表情へ。


 個室であるのに、周りを気にする。


「お前はブレニッケにいた時、ペルティエ子爵令嬢と仲が良かったそうだな? それこそ、恋人同士のように……。いや、とがめているわけではない。であれば、お前にとって悪い話ではないのだ」

 

 こいつが、エルザ・ド・ペルティエの婚約者になること。


 さらに、正当な後継者を作った後は、貴族としての節度を守る限り、恋愛も許されると告げてきた。


「おおっぴらには、できんがな! お前をねじこむ男爵家はこれから探すが、やるべきことをやれば、ペルティエ嬢と会っても構わんぞ?」


 この話題のために、人払いをしていたのか……。


 納得した俺は、コツコツと近づいた。


「旦那さま? お出かけになっていただきたく存じます」


 不審そうな顔になった奴が、こちらを見た。


「何だ? 叔父上なら、まだお休みになっているだろう?」


「お耳を……」


 受け入れる状態になったリーヌスの耳元で、一言だけ囁く。


「あの世にな?」


 ゴキッ!


 首に回していた両手で、リーヌスの息の根を止めた。


 驚いた表情のまま、奴はズルズルとソファーに崩れ落ちる。


 老齢の男の正装で、俺は魔法による立体映像を消した。


 バシュンと、座っていた俺が消える。


「さて、急がないとな!」

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