第53話 貴族にとって召使いの大半はモブ

 大きな街、クレルヴァンス。

 そこを支配しているのはカスティーユ公爵だが、そのおいであるリーヌス・バーリー男爵に呼ばれた。


 宿で告げられた翌日の朝、そいつが滞在している館へ……。


 奴の領地じゃないから、たぶん別荘。

 公爵と仲がいいため、ゲスト用の1つを借りているのかもしれない。


 俺も貴族の端くれだったし。これぐらいでビビることは――


「広いなあ!?」


 高い塀に沿って正門まで辿り着いたら、中の景色にひるんだ。


 中庭はともかく、そこかしこに建物がある。


 貴族用でも、彼らの生活を支える下働きが大勢。

 奥にある長屋は、そいつらの住居だろう。


 もはや、ちょっとした街である。


 正門から馬車が通るための石畳が整備されており、今も行き来する。

 外に目立つ家紋、あるいは、屋号が見えるデザイン。


 警備の兵士たちにジロリと見られたので、そろそろ中へ入る。


 目的は、男爵と会い、始末することだが……。


 奴が男色だったら、色々な仕込みをすっ飛ばして、すぐに消す!


 では、公爵家のゲストハウスが集まった敷地へ。



 ◇



 リーヌス・バーリー男爵が住んでいるのは、公爵の本邸ほんていに隣接する、小さな別邸だった。


 小さいと言っても、比べての話だ。

 ぶっちゃけ、迷宮都市ブレニッケを領地とするペルティエ子爵家の館と同じぐらい。


 近づいてみれば、その外壁や造りだけで上等だと分かる。


(本来は、王族や同格の貴族を泊めるんだろうな……)


 正確には、そいつらの家族、親戚で、重要度が下がる連中への配慮。

 貞操を疑われたくない女性陣だけ、こちらに。というパターンもある。


 奥にある公爵邸に近いほど、上の立場が泊まるらしい。


 最初の正門の傍に並んでいたタウンハウスは、見るからにショボい貴族の姿。

 着ている服を除けば、庶民と変わらん。


(やつが例外なだけで、男爵なんぞ、普通はヒーヒー言っているからな)


 召使いが控える部屋があるとは思えず、別で食堂があるのか、届けられるのか。


 食事における歓談は、貴族の生命線だ。

 ボッチ飯をしたければ、辞めたほうがいい。

 俺のようにな!?


(順当に、下級貴族のための食堂があるのだろう)


 これだけ広く、建物が多ければ、そっちのほうが合理的だ。

 たまに全員を集めてパーティーを開けば、全体の情報共有になる。


 むろん、上の貴族は、そちらで固まっての食事、お茶会だ。


(趣味でも派閥があるんだよなあ……)


 葉巻、カードゲーム、ボードゲーム、狩猟と、貴族は趣味に走るのだ。

 ランストック伯爵家にいた頃は、よく接待をさせられた。

 あいつら、今どうしているかね?


 今の俺は、奴隷商<レスレクティオ>の新人だ。


 中を歩いていても、不審な目を向けられない。


(逆に言えば、貴族から人間扱いをされていないわけだが……)


 召使いにもランクがあって、貴族と話せる上級と、本当に汚れ仕事だけの下級に分かれている。


 上級はお付きや交渉で忙しいし、下級がサボっていれば、首になるだけ。

 ゆえに、部外者を気にせず。


(とはいえ、公爵邸のそばで立ち止まっていれば、目立つな?)


 中枢だから、警備も厳重だ。


 執事やメイドの視線を感じる……。


(俺の経験上、パーティーの翌日なら、昼すぎまで休むことが多いはず)


 普通に寝ていれば、日の出から重要な案件を片づけ、ランチタイムで交流するか、遠出で狩りや別の貴族家を訪ねる。


 ここは、その社交場。

 前日のパーティーの有無だけでいい――


「ちくしょう! パーティーの片付けが終わらないぜ」


 サンキュー、名無し!

 次の食事で、オカズが一品増えるように祈っておくよ!


 じゃあ、別邸に入り込むか。


 正面入口は誰かが見張っていて、却下。


 回り込んで……厨房のほう。


 換気と出し入れのため、開放的な構造だ。


(血と油の臭い……)


 厨房につながっている場所へ歩み寄れば、血だらけのメイドが鉈を振るっていた。

 おそらく、料理長の部下だ。


 バラされている鶏は、次のランチか、それともディナー用か……。


 コックと思われる男たちが忙しそうな厨房に入った。

 延焼を防ぐためか、石や煉瓦レンガで作られている。


「スープは?」

「もう完成します! チェックを!」


 偉そうにしているのは、料理長だ。

 それぞれを回り、小皿で味見をする。


 俺は、壁に積み上げられていた箱を1つ抱えたまま、通り過ぎた。


 じろりと見られたが、すぐに興味をなくしたようだ。


 箱を適当に置き、奥のほうへ歩く。

 通路を曲がることで、料理長の視界を切った。


(ここから、館の中へ入れるはず……)


 貴族がいる食堂へ料理を運ぶのだから、当たり前だ。

 上に通じている階段へ足を踏み出し、光へ向かう。


 歩くにつれて、先ほどの臭いが遠ざかり、香水や花の香りへ。



 階段を登り切ったら、館の廊下。


 大きなガラスを通して日光が差し込み、周りには料理を載せるためのワゴンが置きっぱなしだ。


 汚れていた厨房とは打って変わり、清潔な空間だ。


 上級の召使いは、俺をとがめない。

 貴族に会っても失礼ではない格好の執事、メイドは、そのまま歩き去るだけ。


 その時に、老齢の男の声。


「お前、そこで何をしている?」


 見れば、上等な服を着た執事だ。

 若い執事やメイドを引き連れており、上の立場のようだ。


(ここの家令か……)


 男爵家を取り仕切っている、実質的なトップ。

 追い出されたランストック伯爵家でも、家令は偉そうだった。


 俺は、当たり前のように告げる。


「リーヌス・バーリー男爵に呼ばれたんですよ」

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