第52話 いっぽう、その頃……

 ジンと杠葉ゆずりはたちが、奴隷商<レスレクティオ>として公爵領の主都クレルヴァンスに足を踏み入れた頃……。


 まさに、その領主の館にいる男が2人。


 老人のカスティーユ公爵は、ゆったりと休める部屋でおいのリーヌス・バーリー男爵を見た。


 まだ若いリーヌスは、相手からの視線を感じて、優雅に向き合う。


 どちらもチェアに座っており、サイドテーブルの上にお茶と菓子。


「何でしょう、叔父上?」


「お前の婚約者だが……。ペルティエ子爵令嬢で、どうだ?」


 座ったまま、自分の膝の上で手を組んだリーヌスは、慎重に答える。


「悪くありませんな? 私とて、貴族の端くれ! 政略結婚と心得ておりますが、叔父上のお考えを拝聴しても?」


「迷宮都市ブレニッケの視察で、ギガント・ドラゴンが出現したわけだが……」


 言いよどんだ公爵を見て、リーヌスが話す。


「あの時は、生きた心地がしませんでした……。けれど、ペルティエ子爵は上手くやったようですね? あれから出現せず、倒した証拠である各種の素材が流通しています。私の商会も、いくつか入手しましたよ」


 慌てたように、公爵が片手を振った。


「いやいや! そこを疑っているわけではないのだ……。私の傘下とはいえ、一貴族がそれほどの力を持っているのは、マズいのでな?」


「序列の問題もありますか……。だから、私を?」


 頷いた公爵は、笑顔になった。


「お前が婿入りしてくれれば、ペルティエ子爵の顔も立つ! あやつの一人娘ゆえ、まさか『嫁入りしろ!』とは言えまい?」


「そうですな……。私が次期当主となれば、叔父上がペルティエ子爵を引き立てても皆に納得してもらえます」


「さらに、ギガント・ドラゴンを倒せるほどの貴族が部下としているわけだ!」


 理想的な決着。


 ジンに思いを寄せている様子だったエルザ・ド・ペルティエも、身分を捨てない限り、自分たちの上位に逆らえない。


 そもそも、相手は訳あり貴族の後妻や、後を継げない次男より下ではない。

 貴族の最上位である公爵の親戚となれるし、有形無形の支援もある。


 2人にしてみれば、ペルティエ子爵に対する慈悲と言ってもいい。



 甥が反対しないことで、公爵はリラックスした。


 チェアの背もたれに身を任せ、自分の考えを述べる。


「今の領地と爵位は、ペルティエ子爵との話し合い次第だ! 私としては、お前に任せておきたいが」


「はい……。子爵令嬢がこちらに嫁入りして子供を渡すか、私が婿入りして子供の1人をバーリー男爵家の当主にするか」


 政略結婚だ。

 そこは、ペルティエ子爵の希望を優先すればいい。


 最悪、カスティーユ公爵の肝いりで、親戚筋から選ぶ。

 それだけの話。



 リーヌスも、気軽に話しかける。


「叔父上? そのペルティエ子爵令嬢ですが……。これまで見ていない気がします」


 結婚するのなら、本人に挨拶しなければ。


 その意図を感じとった公爵は、苦笑する。


「ここには、顔を出しておらんよ! あやつめ、よっぽど自分の娘をとられたくないか!」


 肩をすくめたリーヌスが、フォローする。


「ペルティエ子爵は、すでに奥方を失っておりますから……。無理もないでしょう?」


 首肯した公爵は、今後の予定を告げる。


「ともあれ、これで決まりだ! せっかく傘下の貴族を集めたのだから、お前たちの顔合わせと婚約まで済ませよう」


「承知いたしました」


 これからペルティエ子爵と会い、娘を呼ぶように告げて、彼女が到着するまでの時間が必要だ。


 むろん、その間のパーティーや滞在の費用は、公爵が負担する。


 けれども、出費が増えることを感じさせない笑顔。


「フフ……。お前も、ようやくだな?」

「叔父上のおかげです」


 探るような表情になった公爵が、おずおずと諭す。


「お前の小人族の奴隷と遊ぶ趣味だが……。当面は、控えるように」


「はい、叔父上! 二家の後継者を作るまでは、子爵令嬢のご機嫌をうかがったほうが良さそうですな」


「分かっていれば、良い」


 しかし、リーヌスは思わぬことを言う。


「ところで、ペルティエ子爵がギガント・ドラゴンを倒した件ですが……」


「どうした?」


「私がつかんだ情報から察するに、冒険者ジンが関係しているようで」


 悩んでいる顔になった公爵は、それでも応じる。


「ジン……。迷宮都市ブレニッケのクラン対抗戦にいた奴だな? 技巧的な戦い方をしていたか?」


 むしろ、よく思い出した、というレベルだ。


 それに対して、リーヌスが説明する。


「どうやら、ギガント・ドラゴンを倒す力があるようで……。私の部下にしても?」


「傘下で動いているかもしれんが、そちらは止めさせよう。しかしだな?」

「ご心配には及びません。子爵令嬢との婚約は進めてください」


 ホッとした公爵は、責めるような声音に。


「ドラゴンを倒した人間の心当たりをもっと早く言わんか!」

「叔父上とのやり取りは、私の楽しみですので」


 和やかな会話だが、リーヌスはもうすぐジンと会う。


 つまり、デッドエンドだ。

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