第51話 諸悪の根源を絶つために公爵領へ

 奴隷商<レスレクティオ>の従業員として、潜伏する日々。

 俺は、杠葉ゆずりはたち3人の世話をする名目もあり、そこで働いている。


 今日も今日とて、貴族向けのような個室にいる彼女たちに豪華な食事を運ぶのだが、俺が買った奴隷であるエリオットもついてきた。


 こいつは小人族の男だから、子供のような身長だ。


 いつも通り、外で開錠してから、料理を満載したワゴンを押していく。

 今回は、エリオットが運んでいるが……。


(何か、望乃ののに絡んでいるな?)


「それで、ジンは凄くて――」


 望乃が一方的に捲し立てて、奴が聞くだけ。


 それを見ていたら、杠葉の声。


「ジン? そろそろ、例の男爵が来るか、私たちをお届けする頃合いだろう?」


 振り返って、同じく子供のような姿を見た。


「ああ……。ちょうどいい。最後の打ち合わせをしておくか?」


「うむ」


 偉そうに頷いた杠葉。


 エリオットがこちらに注意を向けないよう、衣緒里いおりが動いた。

 固定したワゴンから料理を取り出し、どんどんテーブルに並べる。


 杠葉が催促する。


「手短に言え」


「リーヌス・バーリー男爵は、叔父である公爵の領地だ。どうも、貴族の社交らしいが……。それにしては長い! おそらく、結婚相手を決めているのだろう」


 すると、杠葉は得心がいった顔に。


「あれだけ執着している私たちを放置するだけの理由か……。それで?」


「ここの連中が護送して、公爵領まで行くらしい。世話係で俺もついていき、男爵と会ったら仕留める」


 腕を組んだ杠葉は、呆れた顔だ。


「別に、今でもいいだろ?」


「あの小人族の男は、俺が買った奴隷だ。金を預けたら組織を作ったようで、スケープゴートとしてちょうど良い。どさくさに紛れて、俺たちは逃げよう」


 ため息をついた杠葉が、俺の顔を見上げた。


「上手くいくと、いいな? で、奴はどうする?」


「ここに残して、留守番をさせる」


 エリオットが動きやすいようにしないと、意味がない。


 杠葉は、ポツリと呟く。


「しばらくは、見つからない場所でスローライフだな……」


 俺たちが部屋の中を見れば、望乃がまだ大声で捲し立てていた。



 ◇



 内側から開かない馬車に杠葉たちを乗せ、奴隷商<レスレクティオ>の一行が公爵領へ向かっていく。


 奴隷の待遇ではないが、彼女たちは気難しい男爵への商品だ。

 それに、貴族と同じ待遇にしろ、と言ってきたらしい。


 護送する相手が小人族とあってか、馬に乗っている奴もいるが、大半は歩きだ。

 交易用に見える、俺たちの食料や必需品だけにしては山盛りの荷馬車も……。


 俺がいる奴隷商は、男爵の領地にある。

 しかし、本人が直接やっているのではなく、その代官による統治だ。


 貴族は情報が命で、あいつはカスティーユ公爵に会っている時間のほうが多いとか。


 奴隷商にしてみれば、大きな商談がようやく終わるのだ。


 どいつもウキウキしていて、肩の荷を下ろしたような顔。


「そういえば、例の男爵さまも、いよいよ結婚するそうだぜ?」

「へー? 小人族をいたぶる悪癖があっても、気にしない女がいるのか」

「お貴族さまは、奴隷をどれだけ潰そうが、関係ないんだろ!」


 一行のリーダーが、それを叱った。


 うっかり、その男爵の耳に入れば、せっかくの功績がパーだからな……。


「お前も、絶対にあいつらを逃がすんじゃねーぞ?」


「はい」


 その商品である杠葉たちは、俺とよく接している。


 今回は、同じ派閥にいる貴族の領地をたどるだけ。

 出入りをチェックする兵士たちも、男爵の使いと分かった途端に、すぐ通した。


 馬車を停められる宿に泊まり、水と食料を補充しつつ、旅は続く。


 やがて、他よりも栄えている、人と建物が多い都市が見えてきた。


 それを見た誰かが、思わず呟く。


「ようやくかい……」


 誰もが風雨と疲れで彩られて、最後の目的地を視界に入れたことでの安堵感もひとしおだ。


(まあ、俺は男爵さまの商品を逃がして、こいつらを破滅させるわけだが……)


 いっぽう、ずっと貴族用の馬車に乗っていた杠葉たちは綺麗なまま。


 振動によって、お尻は痛いかもしれんが。


 ぐるりと囲んでいる外壁にある門へ続く列に並びつつ、奴隷商の下っ端が警備兵を呼ぶために走り出す。

 貴族は別口だが、俺たちは庶民のため、こういった対応。


 軽装の兵士たちが駆け付けたので、身分と目的を告げた。


 彼らに先導され、待っている連中を後目に中へ入っていく。



 ――クレルヴァンス


 カスティーユ公爵の領地で、その要衝ようしょうにある首都だ。

 俺が今まで見た中で、もっとも大きい街。


 リーヌス・バーリー男爵が指定しており、そちらの宿へ……。



 宿は、男爵さまの支払いだ。


 貴族用らしいが、俺たちは別棟。

 それだけに、遠慮なく騒げる。


 あとは奴隷商の頭と補助する人間、それに俺があいつらを引き連れていく。


 要するに、酒を飲んで大騒ぎしている奴らは、この大都市で遊びながら待つだけ。


「ギャハハハ!」

「なあ、女を買えるのはどこだ?」


 その時に、宿の従業員が俺たちの頭に近寄った。


 頷いた奴は、俺を手招き。


 そちらへ行けば――


「例の男爵さまが、お前に会いたいんだと! 明日にでも、行ってきな」

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