第49話 バレなきゃ犯罪じゃない定期

 チェアに座っている金髪ボブの少女は、青い瞳に涙を浮かべていた。


 その雰囲気から、見た目とは違う年齢だろう。

 もし全てを見れば、高校生から大学生ぐらいの女子をコンパクトにした体と分かる。


「おい! そろそろ、行くぞ?」

「……はい」


 どこか気品のある小人族の少女は、自分の手足を繋いでいる鎖をジャラリと鳴らしつつ、立ち上がった。


 つまり、奴隷だ。


 けれども、その立場とは真逆の、貴族の令嬢のようなドレス姿。


 命令した奴隷商は、ニタニタしたまま、得意げに言う。


「ヘヘ……。こんな上玉が手に入るとはな!」


 下っ端らしき男が、ゴマをする。


「これで、リーヌス・バーリー男爵の庇護を受けられますね!」


「ああ! こいつを売れば――」


 ガチャッ ギィッ


 扉が開いた。


 全員が、そちらを見る。


 若い男だ。


 まるで、自分の家に入ったように、スタスタと歩く。


 焦った奴隷商が、手下に目配せ。


 手下は、その若い男を脅す。


「おい、てめえ――」


 風切り音と共に、首の辺りが横に凹んだ手下が、ドサリと倒れた。


「は?」

「……え?」


 誰も見抜けない速さで手刀を繰り出した男は、少女に近づいた。


「助けて欲しいか?」


「……何を」

「このままでいいのなら、俺は行くぞ?」


「た、助けてください!」


 少女が叫ぶも、部屋の片隅で気配を殺していた隊長が、片手にナイフを持ったまま、笛を吹いた。


 ドカドカと踏み込んできた連中に半包囲される。


 隊長は、ニヤリと笑う。


「ずいぶんと速い手刀だな? しかし、そんな手品――」


 その瞬間に、全身から血を噴きだしつつ、倒れ伏す隊長。


 ビビる連中に、若い男――野暮用で来たジン――は範囲攻撃。


 魔法を知らない奴らは、文字通りに血祭りにされつつ、一斉に倒れる。


 この場で無事な奴隷商と少女は、口を半開きにしたまま。


 ジンが、そちらを見た。


 奴隷商は下半身を濡らしつつ、命乞い。


「そそそ、その女が望みか!? くれてやるから――」

 ボンッ


 内側から奴隷商が弾けた。


 そいつの内圧を高めたジンは、笑顔で呟く。


「顔を見られて、生かすわけないぞ?」


 くりんと、少女のほうを見ると……。


「ヒィイイイッ!」


 絶望した顔で、ペタンと座り込んでいた。


 ネコのように首根っこをつかみ、他の手下が駆け付ける前にワープ。



 ――ジンの隠れ家


 シャワーを浴びた少女は、覚悟を決めた。


 床に座り、ジンを見上げる。


「助けていただき、感謝申し上げます! 小人族を嬲り殺しにする男爵に売られる前でして……。お礼をするだけの財産もないゆえ、この身で――」


「俺は、そういう目的で助けたわけじゃない」


 バサッとタオルを被せられ、視界が塞がった。


 取る。


 着替えた後に、改めて自己紹介。


「私はマリカ……。マリカ・デ・トトゥと申します」


 不思議と、本来なら隠しておくべきフルネームを出した。


 ジンは驚いた顔になるも、名前だけ返す。


「……貴族か?」


「はい。かつて存在した小人族の王国での、もう意味をなさない家名ですが」


 それにしても、この男の目的が分からない。


 どうして、自分を助けた?


 ジッと見つめていたら、ジンが息を吐いた。


「実は、奴隷になった小人族を助ける必要があってな? そのついでだ」


 今度は、マリカが目を見張る。


(この御方は……。でも……。いえ、それにしては……)


 罠ではないか?


 そう疑ったが、奴隷商をいきなり吹き飛ばすのは、やりすぎだ。


(あの男爵がいては、私たちに先はない。この御方を利用する形になっても……)


 命と貞操を助けてもらったのに、恩を仇で返す。


 その葛藤をするマリカは、苦しかった。


 すると、心の中を見抜いたかのように、ジンが言う。


「あまり気にするな! 食料とかは持ってくるから、外には出ないように」


「は、はい……」


 その返事を聞くや否や、ジンは消えた。


 力が抜けたマリカは、近くの椅子に座り込む。


「信じて……いいのでしょうか?」


 たぶん、止めておいたほうがいい。



 ◇



 勤務先の奴隷商へ。


「おう! 休暇はどうだった?」


「女と楽しんでいました」


 俺の返事に、周りの奴らが笑った。


「そりゃ、良かったな!」


「聞いたか? 同業者の<カキストクラ>が潰れたってよ!?」


「マジか!」

「ああ、聞いたぜ!」

「お前は、何か知っているか?」


 話を振られた俺は、何気なく答える。


「さあ? ヤバい筋にでも、手を出したんじゃないですか?」


「ま、そんなとこか」

「バーリー男爵への競合相手が減って、万々歳だぜ!」

「あんまり言うなよ? 疑われちまう」


 日課で、杠葉ゆずりはたちの部屋へフルコースを運ぶ。


 いつものように、望乃ののが近寄ってきて――


 スンスンと匂いを嗅いでいた彼女は、目のハイライトをなくす。


「他の女の匂いがするのです……」


 くっついた望乃が離れず、杠葉を見た。


 大きなベッドに寝転がったまま、顔を向けてきた彼女は、手の平に頭をのせたまま、言い捨てる。


「望乃と一定期間でイチャイチャしないと死ぬギアスだけでは、足りんか?」

「いや、もう十分だ」


 上体を起こした杠葉が、息を吐いた。


「お前に人の心は期待しないが、あまり長引かせるなよ?」

「善処する」

 

 俺たちが疑われずに男爵を消す補完計画を急がなければ……。

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