相容れぬ存在は消しておくだけ

第48話 異世界の猫ミーム

 野外の夜。


 小人族の女3人が、身軽な服装で座っていた。


「お腹、減ったです……」

「我慢なさい」


「ほら、私の分をやろう」


 杠葉ゆずりはが言えば、望乃ののはパクパクと食べた。


 それを見て、息を吐く衣緒里いおり


「脱出できたのはいいですけど、このままでは……」


「全員の荷物を諦めたからな?」


 杠葉は、他人事のように、迷宮都市ブレニッケから逃げ出したときの顛末てんまつを述べた。


 ガサガサと、何者かが近づく音。


 立ち上がり、それぞれの武器を構える望乃と衣緒里。


 いっぽう、杠葉は座ったままだ。


「どうだった?」


 友人に話しかけるような口調に、望乃と衣緒里は振り返った。


 そこに、聞きなれた男の声。


「終わったよ……。あっちはあっちで、それなりにやっていくだろう」


「ジン!?」

「生きて……」


 ポカンとした女2人に、姿を現したジンは微笑んだ。


「元気だった――」

「わぁああああっ!」

「良かった! 本当に良かった!」



 ◇



 正面から抱き着き、泣き続ける2人に、俺は杠葉を見た。


「こちらはブレニッケの外壁から出られたが、3人とも荷物を失ってな? あのチャンスを逃せば、ロワイドか、小人族を奴隷にしている男爵に捕まっただろう」


「ああ……。その荷物なら回収したぞ?」


 ドサッと、重そうなリュックを3つを出した。


 緊張の糸が切れたのか、望乃と衣緒里はその場に座り込んだ。


「ああ……」

「力が入りません」


「ロワイドは?」


 杠葉の質問に答える。


「会ったぞ……。あいつは自分で動ける限り、追ってくるだろうから」


「まあ、そうだろう」


 おずおずと、望乃が尋ねてくる。


「……殺したんですか?」


「話し合いで、帰ってもらったよ! あいつは『黄金の騎士団』の団長だ。俺たちのような無頼漢と違って、忙しいのさ」


 俺の返事に、望乃はゆっくりと息を吐いた。


 衣緒里は俺のほうを見たが、何も言わず。


 杠葉が尋ねてくる。


「ジン? これで、『叡智の泉』は解散したも同然だ。お前は、これからどうする?」


 全員に見られたまま、自分の意見を述べる。


「もちろん、お前たちと一緒さ!」


 座っている望乃が両手を上げた。


「わーい! ジンと一緒です!」


「俺の言う通りにしてくれるか? いつまでも無職はマズいから、どこかで就職するよ」


 両手を下げてモジモジとした望乃は、頷いた。


「は、はい……。優しくしてくださいね?」



 ◇



 奇跡の再会から、1週間後。


 望乃は、自分の両手を見つめた。


「あの夜の再会が、昨日のようです……」


 息を吐いた望乃が、天井を見上げる。


「ジンは今、どこで何をしているのでしょう?」


 すると、衣緒里の声。


「近くにいるのは、間違いありませんけどね?」


「あいつのことだ。何を始めても、驚かん」


 不貞腐れたような、杠葉の声。


 小人族の女3人がいるのは、貴族が住むような部屋だ。


 凝ったデザインの家具に、清潔なタオル。

 天蓋てんがいがついたベッドに、1人用のチェア、大勢が座れるソファーも。


「こんな部屋に住めるのも、ジンのおかげです!」


「物は言いようですね?」

「次の食事は、ビーフシチューがいいな……」


 よく見れば、妙な部屋だ。


 窓から光が差し込まない。


 あれー? 何か変だなー?


 ガチャガチャと金属の音がして、大扉が開いた。


「ジン!」


 ワゴンを押してきたジンは、にこやかに応じる。


「良い子にしていたか? これが、3人分の食事だ」


 パタパタと駆け寄った望乃が、目をキラキラとさせながら提案する。


「ジンも、一緒に食べるのです!」


「んー? 悪いけど、仕事があるから」


 バタンと大扉が閉じられ、外から鍵の音。


 足音と気配が遠ざかった後で、杠葉が告げる。


「いい加減に、現実を見ろ! 私たちはジンに売られたのだ!!」

「そんな゛わけ、な゛いのです!」


 ブンブンと首を振る望乃。

 

 ため息をついた杠葉は、出来立ての料理を取り出しつつ、説明する。


「私たちは、あのリーヌス・バーリー男爵に売られる前で、ここは貴族向けの奴隷が住むための部屋だ」

「の゛お゛お゛ぉおおおおおい!」


 望乃は、騙されて獣医師のところへ連れてこられた猫のように鳴き出した。


「予約済みで、他に手を出される心配はないが」

「……あ、このパスタ美味しい」


 先にテーブルについた衣緒里が、SNSで人気が出そうな盛り付けの料理を口に入れて、思わず呟いた。


 セルフサービスだが、焼き立てのパンが山盛りに、前菜、主食、デザートまで。


 同じく食べ始めた杠葉は、鳴き続ける望乃を見た。


「とりあえず、冷める前に食べろ」

「の゛ぉおおい゛!」


 ヒックヒックと泣いた望乃は、独白する。


「ジンには、考えがあるのです! きっと! あります!」


 食事をしながら、杠葉は衣緒里を見た。


「あるか?」

「さあ……」


 優雅にオニオンスープを呑んだ杠葉が、突っ込む。


「私たちを売った実績で、ここの奴隷商に就職したからな……」

「嘘は言っていませんね」


 嘆き悲しむ望乃だが、お腹が空いたので、パクパクと食べた。

 貴族が食べてもおかしくない、美味だ。


 異世界の猫ミームと化した望乃は、ジンと会うことを待ち望む。

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