第47話 逃げる少女たちとヘンタイ男爵

 魔法陣によって、迷宮都市ブレニッケの外壁に近い場所に。


 杠葉ゆずりはたちは、夜逃げで大きなリュックを背負ったまま。

 フードを被ったまま、子供ぐらいの身長で周りを見た。


 矢を防ぐための盾などが地面に並べられ、上を向けば、壁の上でも作業をしているようだ。


「早くしろ!」

「くそ、もうワイバーンどもが……」


 食いちぎる音や、悲鳴。


 応戦するバリスタの音も。


 思わず首を引っ込めた望乃ののに対して、衣緒里いおりはかろうじて気丈だ。


 『叡智えいちの泉』の団長である杠葉は、混乱する騎士、衛兵、冒険者たちに構わず、2人に移動するよう、ジェスチャー。


 無言で頷いた2人は、杠葉の後を追う。


 壁の中で暮らす市民もパニックで、大通りは密集する人々でごった返す。

 馬に引かせた荷車にありったけの荷物を積んだ商人やらもいて、途中で立ち往生。


「ええいっ! 退け退け! 斬り捨てるぞ!?」


 金で雇われたと思しき傭兵が剣に手をかけるも、群衆は動きたくても動けない。


「おい、こっちだ!」


 押し合いへし合いの大通りから路地裏へ、人が流れていく。


 それを見た杠葉は、外壁の内側にそい、脱出できそうな場所を探す。


 外壁の内側は、スラムの中でも治安が悪い場所だ。

 フード付きのマントでも、大きな荷物を背負った子供3人は目立つ。

 けれど、そいつらも大混乱で、望乃たちに注目せず、馬鹿の一つ覚えのように外壁の門へ殺到している。


 あるいは、外壁の内側をよじ登り、外へ降りようと、ムダな努力。


 縦一列で走っていく3人は、地面に刺した棒の間に布をのっけた小屋もどきが立ち並ぶ通りを進むも、いきなり武装した騎士やらに包囲され、立ち止まった。


 豪華な衣装を着た男が、ニヤニヤしながら、前へ歩み出る。


「ククク……。貴様らを私のコレクションにしたら、すぐに退散するとしよう」


「小人族をいたぶるのが大好きなリーヌス・バーリー男爵か……。相変わらず、趣味が悪いことだ」


 杠葉の指摘に、リーヌスは眉を上げた。


「ほー? スピリットごときが、私の名前を憶えているとはな? ヒヒヒ……。前のパーティーで気に入ったが、あいにく落札できなかった! 奴隷市場で3人とも競り落とせば、金貨袋がいくつ必要やら……。大人しくついてくれば、このブレニッケから脱出させてやる。断れば――」


 リーヌスが雇ったか、その家臣らしき連中が、剣を抜き、あるいは弓矢を構えた。


 ただでさえ、殺人が珍しくない、外壁の内側にあるスラム。

 今は、ギガント・ドラゴンの襲撃で、大混乱。


「私も、昼の市街地、この青空の下でスピリットをやった経験はない! 生きたまま切り刻まれたくなければ、ついてくるがいい! 当面は、夢のように豪華な生活をさせてやるぞ?」


 フッと息を吐いた杠葉は、影の差した顔に。


「お前は、おかしいと思わないのか?」


「……何が言いたい?」


「ここを仕切っている『黄金の騎士団』の団長、ロワイド・クローが、私たちに執着していることだ! 自分の女にしたいから? その程度なら、周囲に圧力をかけるか、拠点で酒やクスリを飲ませれば、すぐに抱ける。『叡智の泉』の面倒を見ているのだから、他の団員も黙るさ」


 望乃と衣緒里も、不安そうに、杠葉を見た。


「つまりだ……。ロワイドには、秘密がある……。周囲から、子供にしか見えない小人族の女3人を囲ってでも……」


 呆れたリーヌスは、首を横に振った。


「それで、交渉しているつもりか? 下賤なやからがロリコンだろうが、どうでもいい! お前たちを捕らえて、ゆっくり聞けば、それで済む話だ。やれ――」


 命じたのと同時に、傍にある外壁の一部が崩れた。


 重力で加速した瓦礫がれきが、それぞれに砲弾のように土煙を上げる。


「うおおっ!?」


 リーヌスは両手で顔をかばい、その場に伏せた。


 他の者も同様で、さらに落ちてこないか、それだけを気にする――


「あの3人は!?」


 立ち上がった連中が大急ぎで見るも、小人族の女たちはいない。


 地団太を踏んだリーヌスは、数人の護衛を除き、周囲に走らせた。


「逃がさん……。あれほどの女は、そうそういない。絶対に見つけろ!」


 彼らが走り出し、隠れていたスラムの住人たちも、とばっちりを恐れて逃げる。


 運の悪い奴は、急降下したワイバーンや、小型のドラゴンに食われた。


 さらに時間が経ち、ギガント・ドラゴンへの弓矢や投げられた槍、応戦の炎による、迷宮都市ブレニッケの命運をかけた戦いが繰り広げられる。


 やがて、静かになった。


 1週間は経ったような、体感時間。


 倒れたボロ布が動き、リーヌスが最後に見回していた付近から、杠葉たち3人が起き上がった。


 すでに日が暮れかけており、打ちのめされたスラム街を抜けつつ、外壁で崩れた場所を探していく。


「急げ! 外に出られるのは、今だけだ!」


 杠葉の命令に、望乃と衣緒里は疲れ切った顔のまま、彼女の後を追う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る