第45話 プリンセス・メーカー

 望乃は、食事をしている姿勢のまま、緊張した。

 さり気なく、周囲を探る。


 店内に、不審な様子はない。


(取り巻きはなく、本人の服装もみすぼらしいです……)


 すぐ気づけなかったことに、顔をしかめた望乃のの


 今はラフな私服で、開けた手にいつもの大槌おおづちを呼び出す準備。


 けれど、その武器を使うには、時間がかかる。


(間合いが近すぎます……。おそらく、振り回す動作の間に押さえられる)


 望乃は座ったままで、汗をかく。


 けれど、ロワイドは笑いながら、片手を振った。


「アハハ! 今はお忍びだ。君を捕まえるつもりはないよ? 忠告に来ただけ」

「男爵に紹介された美女を抱くよりも?」


 驚いたロワイドは、それでも話を続ける。


「言ったのは、杠葉ゆずりはか、ジン君だね? ハアッ……。まあ、その件とも無関係じゃない! その男爵から『3人のうち1人だけ選ばせる』と言われた。杠葉から聞いているか知らないが、そいつは小人族の奴隷を好んでいる人物さ!」


「え?」


 絶句した望乃に、ロワイドが頷いた。


「そういうことだ! 残念ながら、今は彼に逆らえない……。しかし、このクラン対抗戦が終わったら、必ずリベンジする! その際に一番心配なのが、君だ」


 団長の杠葉は、自力で何とかするだろうし。

 衣緒里いおりも、同様。


「けれど、君は危なっかしい! 一時的に従うしかない以上、とりあえずの安全を――」

「ジンがいます! このクラン対抗戦で、力を示せば」


 言いかけた望乃に、手の平を向けたロワイドが苦笑する。


「そう簡単な問題じゃない! 色仕掛けに嵌まった僕が言うな、という話だが……。貴族を力任せに殴り飛ばしても、毒殺や、権力でジワジワと苦しめるだけ。絶好のタイミングで、落としどころがいる」


 ここで、望乃の目を見た。


「僕にあてがわれた女性も、不幸な生い立ちのようでね?」


「望乃は、そういう話で女が『自分も悪かった』と言った事例を知りません。事実がどうであれ……」


 どんな女も、苦境に立たされれば、最大限に自分を可哀想に見せる。

 あるいは、そうでなくても。


 そう言ってのけた。


 咳払いをしたロワイドは、今後の展望を述べる。


「僕が引き取らねば、その女性は男爵にいたぶられていた。……最終的には皆が笑顔でいられるよう――」

「理想ですよ?」


 お前に都合が良い妄想だ。


 望乃は、冷めた様子。


 いきり立ったロワイドが、反論する。


「小人族には、陰に日向に支援してきた。君たちを含めてだ! その僕が信用できないと?」

「はい、できません」


 言い捨てた望乃は、席を立つ。


(政治の立場で、女を口説かないでください)


 その背中に、ロワイドが言う。


「覚えておいてくれ! 3人の中で、君を優先的に保護することを!」


 歩き去る望乃の返事はなかった。


 この期に及んで、自分を捕まえに来たわけでもない。

 ふざけた話だ。


 事前に予想も準備もせず、ノコノコと男爵の罠に嵌まったバカが、何を言っている?


「……自分の心配をするといいのです」


 ぼそっと呟いた望乃は、呆れ果てた。

 取捨選択もできない時点で、政治に例えるのもおこがましい。


 選ぶとしたら、今すぐ駆け落ちしようと迫るか、強引に自分を捕らえて監禁するか。


 けれど、望乃の後ろから、ロワイドの声。


「君は分かっていない! 君こそが、本物の!」


 思わず立ち止まった望乃は、振り返った。


 上半身の動きに合わせて、両手も動く。


 その指の1つに嵌められた指輪。


 ロワイドは少しだけ見つめた後で、言葉を続ける。


「ナインガルドは、君がいれば……」


 以前に、この地で滅んだ王国と聞いた。


 ロワイドが、そこの王族だったはず。


「もう、理想のお嫁さんが手に入ったじゃないですか?」

「……いや、彼女ではダメだ!」


 毅然としたロワイドは、舞台上の役者のように演説する。


「あの女が本当にそうなのかは、僕だって信じちゃいない! それに、君の母親のご遺志をムダにするのか!?」


 目を見張った望乃は、混乱した。


 いっぽう、ロワイドが言い募る。


「僕らだけが、仲間だ! あの日…・・杠葉が――」


 ロワイドの言葉が止まった。


 なぜなら、逆手にしたナイフの切っ先が、彼の喉元にあったから。


 椅子から立ち上がった状態で、テーブルの上にのっかっている杠葉によって……。


 柄頭にも手を添えており、必殺の姿勢だ。


「終わりにするか、ロワイド? 私は、別に構わんぞ?」


 静寂が支配した。


 やがて、ナイフを引っ込めた杠葉がテーブルから降りる。


「帰るぞ、望乃!」

「……はいっ!」


 小人族の女2人は集まっていた群衆を抜け、『叡智えいちの泉』の拠点へ向かった。



 ◇



 いよいよ、本戦だ!


 遺跡を利用した、野外にある巨大迷路。


 別々の入口から、エントリー。


 それぞれに先鋒がぶつかり、相手を倒していく寸法だ。



「たああああっ!」


 黒の着物を着た望乃は大きなハンマーを振り回し、群がってきた奴らを吹き飛ばした。


「そのまま、終わるまで凍っていなさい……」


 同じく、両肩に巻き付けた鎖を飛ばしている衣緒里も、周囲を凍らせることで氷像の群れを作り出した。



『おおっとー! これは、どうしたことだ!? 優勝候補である『黄金の騎士団』が、無名のクランに圧倒されているぞー!』


 明るい声で、実況が入った。


 俺たち、『叡智の泉』は研究畑で、たった4人。

 三軍の控えまでいる、大手クランならば、瞬殺するはず。


『黄金の騎士団』に賭けていた奴らは、さぞや嘆いているだろう。

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