第42話 先払いで契約成立

 外聞を気にしてか、丁寧な態度のまま、リーヌス・バーリー男爵がいる部屋に案内された。


 ロワイド・クローが、入室する。


 チェアに座ったまま、視線だけのリーヌスは、偉そうに告げる。


「貴様が、クローか……。そこに座るがいい。……ユルゲン! 彼に、を」


かしこまりました」


 会釈した執事が、外へ出ていく。


 リーヌスは、さっそく提案する。


「単刀直入に言おう! このクラン対抗戦の間は、私の命令に従え」

「……ここはペルティエ子爵の領地で、僕は『黄金の騎士団』の団長だ」


 ぶっきらぼうに返したロワイド・クローは、いつもより自信なさげ。


 無理もない。

 ペルティエ子爵ですらカスティーユ公爵に逆らえず、彼は公爵の甥だ。


 リーヌスは、怯えながらも強がるロワイドの様子を見て、思わず笑い出した。


「ハ、ハハハ! 面白いな? まるで、屠殺する前の家畜のようだ……」

「わざわざ、お呼びになった理由は?」


 イラついたロワイド。


 手の平を向けたリーヌスが、ニヤニヤしながら説明する。


「そう急ぐな……。私が、『小人族の奴隷をいたぶっている』と聞いて、気が気ではないか? 心配せずとも、お前をとって食いはせぬ! そもそも、考えてみたまえ。普通に奴隷を売買して、働かせているのだ。エルフ、ドワーフについても同じ。どうして小人族だけ、特別扱いができよう?」


 真面目な顔になったリーヌスは、片手を下ろしつつ、話し出す。


「聞いたぞ? 『叡智えいちの泉』の女たちをモノにしようと、ずいぶん遠回しに口説いているそうじゃないか?」


 無言のロワイドは、視線を向けるだけ。


 リーヌスが、笑顔で提案する。


「私と貴様で、仲良く分けようではないか……。むろん、『叡智の泉』の女たちを」

「断る! 僕たちを敵に回せば、この迷宮都市ブレニッケで――」


 ガチャッ


 内廊下との扉が開かれ、計ったように執事が戻ってきた。


「お待たせいたしました」


 そちらを見たリーヌスは、大きく頷いた。


「ご苦労! さて、クロー君。彼女を見たまえ!」


 執事の陰にいた少女が、彼にうながされ、少し前へ出て、立ち止まった。


 宝石のように輝く黒髪は、長く。

 ルビーのような、赤い瞳。


 目鼻立ちも、美人だ。

 穢れを知らない雰囲気で、ドレス姿のまま、じっと立ち尽くす。


 彼女に見惚れているロワイドを見ながら、リーヌスが説明する。


「こいつも小人族だ! 奴隷市場で、どこぞの王族という触れ込みだったが……。お近づきの印に差し上げよう! もちろん、処女だ。この女については、あなたへのギフトゆえ、全く手を出していない。……ユルゲン?」


 執事が、首肯した。


「スカートをたくし上げて、はっきりと中を見せなさい」

「はい、分かりました」


 美少女は、恥じらう様子もなく、両手で長いスカートをたくし上げ、命令を実行――


「もう、いい! ……何のつもりだ?」


 驚いた少女は、ビクッと、動きを止めた。

 そのまま、周囲を見る。


 リーヌスが、偉そうに命じる。


「スカートを戻して、待機しろ! ……気に入っていただけましたかな? 競り落とすのに注ぎ込んだが、あなたに相応しい女と思えばこそ! あなたが『要らない』と言えば、私のオモチャになるだけ」


 逡巡したロワイドに、リーヌスは立ち上がった。


「すぐには、決められないでしょう? 少し、お互いに分かり合う時間が必要ですな……。2時間ほど、席を外します。この時計は貸すだけですぞ?」


 懐中時計を出したリーヌスは、文字盤が見える状態のまま、テーブルに置いた。


 その間に、執事が美少女の耳元で囁き、何かを手渡す。


「行くぞ、ユルゲン」

「はい、旦那さま」


 ガチャッ バタン


 ロワイドは、すぐに立ち上がり、美少女の下へ。


「大丈夫かい? とりあえず、座るといい」

「はい」


 ドレス姿の美少女は、人形のような動きで、ソファーに並んで座った。


「名前は?」

「ユリアーネ……。ユリアーネ・シュトローマーです」


 頷いたロワイドが、良い名前だね、と世辞を言った瞬間に、手の平から口に何かを入れたユリアーネは、彼に正面から抱き着き、キスをしながら、それを流し込む。


「何を――」


 不意を突かれたロワイドは、ユリアーネの舌に蹂躙され、小さな物体を呑み込んだ。


 とたんに、体の一部が熱くなり、頭がフワフワとした感覚に襲われる。


「君は……ナニを……」


 譫言のように呟くロワイドに構わず、ユリアーネは、ドレスの肩ひもを順番に外しつつ、彼も楽にしていく。


 最後の抵抗に構わず、姿勢を低くした彼女は、床に跪き、あーんと、口を大きく開けて、咥えこむ。



 ――数時間後


 ガチャッ


 再び入ってきたリーヌス・バーリーは、笑顔で告げる。


「どうやら、お気に召したようですな? フフ、大丈夫ですぞ? 私は協力者に寛容でしてな……。『叡智の泉』のうち2人をくれれば、よろしい。その女は手付金のようなもの。お互いに2人ずつ、という計算ですな!」


 衣服を脱ぎ捨て、無防備な姿のままで疲れ切っているロワイドは、言い訳もできない。


 ふと気がついたリーヌスが、付け加える。


「この部屋は、私のほうで処理します。どうか、お気になさらず……」


 控えている執事に、命じる。


「ユルゲン! この女は、もう用済みだ。解放してやれ」

「はい、ただちに……」


 色仕掛けに嵌ったロワイドは、もはやリーヌス・バーリーの言いなりだ。


 涙を流している美少女を連れて、血も飛び散った現場から逃げ出すのみ。



 残されたリーヌスは、笑い出した。


「ハハハッ! 予想通り、女に弱いな! これほど、あっさり嵌められるとは……。いや、『ハメた』と言うべきか?」


「格好をつけるだけの男ほど、性欲の処理に困りますからな……。もはや、旦那さまの命令に従うしかないでしょう」


 執事のユルゲンも、辛辣な意見だ。

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