第40話 よくやった、事情が変わって「なぜやった?」

 チェアに座る、老年に差し掛かった男。


「ところで……。迷宮都市ブレニッケに、面白い奴がいるようだな?」


「ほう……。叔父上が注目されるとは、どのような人物で?」


 答えた若者は、嫌味ったらしいが、貴族らしい服装だ。

 平民がお目にかかれない、豪奢なチェアに座っている。


 老人のほうは、威厳のある風格だ。


「うむ……。元々はランストック伯爵家にいて今は追放された、ジンという男だ。若いうちに放逐され、ブレニッケの冒険者になったようでな?」


 興味なさげな若者は、サイドテーブルの紅茶に手を伸ばし、口に含む。


「そうですか……。まあ、貴族としては不合格だったと……」


「いや、話はここからだぞ? 面白いことに、ブレニッケの決闘でランストック伯爵家の嫡男だったギュンターを破ったそうだ」


 驚いた顔になった若者が、叔父上の顔を見る。


「何と……。伯爵家の次期当主が、そのような者に!? あの家は長くないでしょうな」


 侮蔑の色を隠さない若者に、叔父上は苦笑い。


「そうだな……。今は廃嫡されたギュンターがやらかしたようで、ランストック伯爵家はどこぞの商会に首根っこを掴まれたそうだ。今後の付き合いは、気をつけておけ!」


「肝に銘じておきます……。それで、ジンとやらが何か?」


 強いとはいえ、すでに平民。

 ギュンターを破ったとはいえ、自分たちが話題にするほどではあるまい。


 顔に書いてある若者を見て、叔父上は結論だけ言う。


「この手紙に『ジンは係累がなく所属は弱小クランゆえ、そちらの手駒にしてはどうか?』とあった。差出人は、グリッロ家の小娘だ」


 思案した若者は、やがて思い出す。


「ああ! 没落した貴族でしたな? しかし、元貴族とはいえ、下賤な者の手紙を叔父上が読まれるとは……」


 低い声で笑った男が、冗談めかした口調で応じる。


「そう言うな! 届いただけなら、私も相手にせんよ? 我がカスティーユ公爵家は、強い兵士、騎士がどれだけいても困らん。この手紙には、『ブレニッケでクラン対抗戦を行うから、スカウトや配下の腕試しにどうか?』とある。それで、家令が通したのだ。ちょうど、そちらへの視察も行わなければならん」


「タイミングが良かったと……。それならば、頷けます。ちょうど良い娯楽でしょう! 及ばずながら、私も参ります」


 思い出したように、叔父上、つまりカスティーユ公爵が述べる。


「そういえば、かの地には小人族も多いようだ。……お前の趣味は咎めんが、奴隷ではない者に当たれば、傷となるぞ?」


 キラリと目を光らせた若者は、カスティーユ公爵に従う。


「もちろんでございます、叔父上……。スピリットが多いのであれば、新たに仕入れるのも良いでしょうな?」


 その発言を受け流したカスティーユ公爵は、予定だけ告げる。


「ジンの見極めは、適当な者に任せよう。お前は、ブレニッケに滞在する準備を始めておけ! 傘下の貴族にも、こちらで通達を出しておく」


「はい。ただちに……」



 ◇



『黄金の騎士団』の執務室で行われる、幹部会。


 ロワイド・クローが、団長らしい威厳でねぎらう。


「よくやってくれた、リータ! カスティーユ公爵が動いたのなら、いくら領主でもペルティエ子爵は何も言えまい……。ハハハ!」


 他の幹部も、明るい顔ばかり。


「ここらで、俺たちの実力を見せつけておくか!」

「少し、舐められすぎじゃからな……」


 ロワイドは、首謀者であるリータに問う。


「で、肝心のジン君については?」


「定型文による返事でした。もっとも、カスティーユ公爵がご覧になったようで、そちらの封蝋……。かなり興味を持たれたと思われ、公爵の号令で傘下の貴族に雇わせる可能性が高いです」


 冗談めかした言い方で、ロワイドが自分の意見を言う。


「あとは、ジン君の頑張り次第……。良かったじゃないか! 上手く立ち回れば、前よりも良いポジションにつける。小なりとも、貴族の当主になれるだろう」


 ドワーフのカリュプスが、たしなめる。


「そやつは、どうだっていい! 問題はワシらが優勝できるかどうか、だろう?」


 リータ・グリッロが、慌てて口を挟む。


「あの! もう1つ、ご報告いたします! クリスティアン・フォン・カスティーユ公爵は、ごく普通の貴族ですが……。そのおいにあたるリーヌス・バーリー男爵は、こ、小人族の奴隷をいたぶる悪癖でして」


 場の空気が、凍り付いた。

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