第35話 物事はスタートまでに決まる

 応接セットがある広間。


 そこのソファーに腰かけたら、じきにエルザ・ド・ペルティエが入ってきた。


 前と同じく、俺の向かいに、テーブルをはさんで座る。


「お願いしたいことがあります……。ダンジョンで入手した魔石と鉱石の買い取りです」


 両腕を組んだ彼女は、背もたれに身を預けつつ、俺を見た。


「前にお約束した件ですわね? そちらは構いませんが……。魔石のほうは、どういった話で?」


 壁際で立っている執事に、ハンドサイン。


 どうやら、鑑定士を呼ぶらしい。


 俺は、質問に答える。


「ダンジョンに潜ったものの、冒険者ギルドとは以前の鉱石で揉めており、こちらで買い取ってもらえれば幸いです」


 ため息を吐いたエルザは、少し考えた後で、結論を述べる。


「鉱石は相場通り……。魔石は相場の半額で、いかがでしょう?」

「構いません。それでお願いします」


 キョトンとしたエルザを見れば、てっきり俺が交渉してくると思っていたようだ。


 説明のために、続けて話す。


「持ち込んだ時点で、足元を見られることは覚悟の上……。もう1つ、ご相談したいこともありまして」


 ひじ掛けに片手を置いたエルザは、その手で自分の顎を支えつつ、尋ねてくる。


「それで?」


「クラン『叡智えいちの泉』は、クラン『黄金の騎士団』のトップであるロワイド・クロー団長と揉めています。男女の問題ゆえ、こちらが折れるしか話がつきません。ですが、俺たちはあいつに膝を屈することを望まず、迷宮都市ブレニッケから出ていく予定」


 チェアに座り直したエルザは、ため息を吐いた。


「ジンは……貴族に戻る気は?」


「正直なところ、どちらとも……。絶対に嫌だ、とは思っていませんが」


 ちょうど鑑定士が到着したから、アイテムボックス代わりの空間から、どさどさと魔石や鉱石を置いた。


 目を丸くする、周りの面々。


「す、少し、お時間をいただきたく……」


 慌てた鑑定士は、応援を呼びつつ、すぐ作業に。


 気を取り直したエルザが、領主の娘らしい発言。


「今回の魔石については、相場の50%で買い取る代わり、その出所を不問といたします! ブレニッケから出ていく件は、協力するにやぶさかではないものの、こちらの役に立ってもらうことが必要ですわ! また、話し合いましょう。……支払いは、全て現金で?」


 鑑定中の山を見たエルザは、付け足した。


 どうやら、現金だけでは、すぐに用意できないようだ。


「半分か、できれば、三分の一を現金でください。残りは、遠からずで」


「ええ、分かりましたわ! ここへ2人分の軽食を」


かしこまりました……」


 傍仕えのメイドは、会釈した後で、立ち去った。


 壁際にいた1人が、しずしずと歩み寄り、その穴を埋める。



「この機会に、色々と話し合いましょう?」


 しばらく、このお嬢さまの話に、付き合う必要がありそうだ……。



 ◇



「これより、『黄金の騎士団』の遠征を行う! 各自、気を引き締めて、臨んでくれ!!」


 団長のロワイド・クローの演説で、先頭の集団が動き始めた。


 こいつらは先にダンジョンへ潜り、途中でビバークする場所の確保と、後続の安全を確保する役割だ。


 最終的にアタック隊となるが、どっちみちダンジョン内で泊まるから、その時には周りが世話を焼き、体力を温存する。


 連中の頑張りで、この遠征の可否が決まるだろう……。


 ぞろぞろと中央エリアへ向かい、第一陣が突入。


 俺たちは、協力しているクランの1つ、『叡智の泉』として、身を寄せ合う。

 どいつも女で、大人でも子供ぐらいの小人族ばかり。


 遠足で引率する、教師のようなポジションだ……。


「また、失礼なことを考えているだろう?」


 団長の杠葉ゆずりはのジト目に、やる気ゼロで答える。


「心の中でツッコミを入れないと、やってられんのさ!」


「それは分かる……」


 ため息を吐いた杠葉は、俺の視線の先を見る。


「お前の装備は、いいのか?」


 動きやすそうな服装だが、なぜか、スカートのドレスだ。


 杠葉は、フッと笑う。


「これでも、今の望乃ののたちより強いぞ? 伊達に、『叡智の泉』の団長として、あのロワイドと渡り合っていない」


 よく分からないが、まだ奥の手があるようだ。


 そう思っていたら、杠葉が付け加える。


「実力行使となれば、奴らとて、タダでは済まん! だからこそ、あれだけロワイドに言い寄られても、受け流したまま……。お前の収納のおかげで、私たちはだいぶ楽だ」


 俺たちは、他のクランと違い、軽装。


 それだけに、チラチラと視線を感じる。


「私は、早く帰りたいです!」

「何が起きるか分からないので、常に2人以上で動きましょう」


 黒の着物で、大槌おおづちを肩にのせた望乃。


 両肩にそれぞれ鎖を巻き付けていて、青の着物の衣緒里いおりだ。



「荷物係、ちゃんと運べよ!  落としたり、へばったりしたら、そのまま置いていくぞ!?」


『黄金の騎士団』の幹部らしき奴が発破をかけて、いかにも弱そうな奴らが大荷物を背負ったまま列を成す。



 俺たちの順番になり、いつもの大理石で作られたエントランスから。


 岩肌だけの、ザ・ダンジョン! といった様子に変わり、ぼんやりした内部の灯りに……。


「この1階層から5階層までは、ただの通過点……。問題は、そこからだ! 事前の説明では、3階層と5階層で、それぞれ野営をするはずだが」


 洞窟の中で、杠葉の反響した声。


 彼女は先頭で、俺の横を歩いている。


 そちらを見ながら、質問する。


「俺たちは、空いているスペースで適当に準備か?」


「そうだ……。あの団長さまも、この遠征中に私たちを侍らせるほど、馬鹿ではあるまい」


 ククッと笑った後で、前を見る杠葉。


 だが、俺のほうに、向き直った。


「そういえば、お前の鉱石の採取だが……。これだけ深く潜る以上、間違いなく『協力しろ』と言ってくるぞ? あいつらは、カリカリしている。断れば、私たちを攻撃する大義名分だ」


 前へ歩きながら、返事をする。


「構わないさ……。今回ばかりは、素直に従う」


「また、何か企んでいるのか?」


「人聞きが悪い! 俺は、これでも素直で、評判なんだぜ?」


「お前が素直なら、ロワイドはさしずめ聖人だな」

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