第27話 望まぬ再会(後編)

 澄ました顔の杠葉ゆずりはは、譲れない一線のために発言する。


「私は、立派なレディだ。今の発言を訂正してもらおう」


「うるさい! ……貴様、スピリットか? ふんっ! さすが、下賤な種族だけあるな?」


 小人族と分かった瞬間に、ランストック伯爵は野良犬を見ているような顔に。


 つかつかと歩き、近くの長テーブルの上にあるグラスを持ち、それを杠葉のほうへ振る――


 俺は靴の底に魔法をかけ、ほぼ直立したまま、スライドするように移動。


 ランストック伯爵がワイングラスを持っている片手を下から、ポンッと叩いた。


 ちょうど、グラスの中身を杠葉にかけてパーティー会場から追い出そうとした瞬間。

 片腕を下から振っていて、グラスを手放しやすい。


 その軌道を変えたことで、ランストック伯爵は誰もいない空間にグラスを下から投げた。


「あっ!?」


 気づいた奴は思わず声を上げたが、超人ならぬ身では宙を舞うグラスを見つめるだけ。


 それは大理石の床に落ちて、ガシャン! と嫌な音を立てつつ、まだ残っていた液体やガラスの破片をまき散らした。


 非難がましい視線で見られる奴に対して、近くにいた俺が、大声で宣言する。


「これはランストック伯爵! 育てていただいた恩に報いられず、領地から追放されたこと、大変申し訳ありません! あなたが厳命した通り、二度とランストック伯爵家の領地には近づかないゆえ、今夜ばかりはご容赦のほどを!! 俺はこの地にて、杠葉団長のクラン『叡智えいちの泉』にいますので。以後は、どうぞお構いなく……」


 わざとらしく片腕を胸の前で水平にする貴族の挨拶をした後で、言葉を失っている奴を無視して、杠葉のところへ。


 肩をすくめた彼女は、視線だけで、よくやった、と告げてきた。


 ドレス姿のまま、拳で軽くこづいてくる。


 機を逸したランストック伯爵パウルは、俺が言い切ったことで、肩を上下させながら憎々しげな視線を向けていた。


 けれど、見聞きしていた人々のヒソヒソ話に気づき、ドスンドスンと荒い足音を立てながら移動する。


 俺に断られたうえ、子供にしか見えない女にイキり散らかした挙句に、いきなりワイングラスを床に投げつけたんだ。

 この場に残れば、ペルティエ子爵が出張ってきて、その経緯が明らかになるだけ。


 違う視線を感じて、そちらを見れば、金髪碧眼のロワイド・クローが、すぐに駆けつけられるポジションにいた。

 どうやら、杠葉のドレスが汚された場面で、王子様のように助けるつもりだったようだ。


 苦笑したロワイドは、何も言わず、そのまま離れていく。



 すごすごと引き下がった、ランストック伯爵。


 さっきとは打って変わり、チヤホヤしていた貴族は誰も近づかず。

 わざとらしく別の話題で盛り上がり、パウルを相手にしない。


 俺を次期当主に据えるどころか、相手にされないのなら、用済みだ。

 あっちへ行け。


 彼らの雰囲気が、そう言っていた。


 近づいてきた執事が、俺に告げる。


「ジン様……。ご歓談中に恐縮ですが、ペルティエ子爵のお呼びです」


 会釈した執事を見た後に、杠葉を見下ろす。


 ふうっと息を吐いた彼女は、首肯した。


「行くぞ! 無視するわけにはいかん。団長の私も構わんか?」


「はい、恐れ入ります。こちらへ……」


 形だけ謝罪した執事に案内され、主催者の席にいる人々の前に。



 見覚えのある2人。

 ペルティエ子爵と、その娘であるエルザ・ド・ペルティエだ。


 さすがに、片膝を立てるまではいかない。


 相手の許しを得ての顔上げ。


「よい。自由に発言せよ……」


 立派な椅子に座っているペルティエ子爵、ファブリツィオを見る。

 その隣には、エルザ。


「クラン『叡智の泉』の団長である、杠葉……。団員の挨拶のため、同伴した」

「うむ。ご苦労!」


 隣から視線を受け、それに続く。


「同じく、『叡智の泉』の団員となったジンです。以前にお会いしましたが、挨拶もなく、失礼しました」


 ファブリツィオは、歴戦の勇士といった感じで、笑顔に。


「むろん、覚えているよ……。確か、私の館でランストック君と娘がいた場面だったか? 色々とあるようだが、我が領地にいて貢献する限りは、できるだけ力になろう」


「もったいなき、お言葉です」


 俺の返事に、ファブリツィオは目を光らせた。


「聞けば、ダンジョン内で鉱石を採取できるそうだな? その方法を教えろとは言わないが、我がペルティエ子爵家のために頑張ってくれたまえ」


「はい。庇護していただく恩に報いる程度には……」


 生意気な返答だったが、ファブリツィオは、そうだな、と受け流した。


 ここで、雰囲気を変える。


「ジン君? 私が口にしたことで、君は正式にペルティエ子爵家のお抱えだ。もっとも、ダンジョン内の採掘に関してだけで、『どんな場面でもウチの家名を出せばいい』というわけではないぞ?」


「心得ております」


 演奏している楽団が、ダンス用の曲に入った。

 これにより、パーティーに参加している男女が、慌ただしくペアになる。


 ふっと相好を崩したファブリツィオは、ゆっくりと述べる。


「細かいことは、追って指示を出す! 疑問点や契約の条件も、担当者に聞いてくれ……。ところで――」


 パーティーホールの入口が、騒がしい。


 止めようとする警備や召使いを乱暴に押しのけつつ、1人の若い男が乱入してきた。


 誰あろう、迷宮都市ブレニッケで恥を晒したばかりの男だ。


「私を誰だと思っている!? ランストック伯爵家の次期当主、ギュンターだぞ!」

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